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愛するもの
2010年06月08日
野菜は順調に育っています(*^^)v
2010年06月06日
もう6月ですね。 東京も、そろそろ梅雨の時期に入るんでしょうか…。 ケアンズは、冬ですね~。 4年前のドイツW杯の時、ケアンズのあるバーに設置された屋外スクリーンの前に、日本人サポータが集まって、日本代表を応援したんだけど、寒かったっけ…。
あと、1週間かぁ~。 早いっ。
今日は、ちょっとのんびり休憩タイムみたいな、小さなベランダ菜園の写真を。。。
↑ 手前の葉っぱは、サンチュ。 「リサさぁ~ん、リサさんちって、焼肉の葉っぱは、自分ちで作るんですかぁ~!?」と、遊びに来た仕事仲間に言われてしまったわ… ^_^;、 そうです、育てています。 で、毎回、ちぎって使う!
↑ コレは、ニガウリの赤ちゃん。 生後…、数日でしょうか!? 大きくなるかなぁ~
↑ ラムホルンっていうんだけど…、食べたことがないから、どういう野菜か、わからなぁ~い。 楽しみです
他には、ピーマン、シシトウ、韓国唐辛子、シソ、茄子、トマト、コリアンダー、レモングラス、枝豆…。 ってな感じの、緑の小さな我がベランダでした~~。
日本代表は、スイスでの合宿を終え、いざ、南アフリカへ! 頑張ってください 
金魚すくい
2010年06月05日
子どもの頃は得意だったし、ただ純粋に好きだった。
大人になると
金魚が可愛そうだとか、物理的にこうやれば獲得出来るとか思ってしまう。
“知識と年月”は時に、物事を物質的な物の見方に変えてしまう。
純粋さは忘れないようにしたい。
そこで
素直に写真を撮ってみた。
写真で金魚すくい(笑)。
この方が純粋に楽しめた。
ココナッツビーチ
2010年06月02日
ココナッツビーチには足跡一つ無く、人間の痕跡が何一つ無い景色が、視線の届く限り広がっています。
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以前、「個」の範囲について書きましたが、ここ最近、話の流れが、個の認識を一度問い直すという方向性になっていますので、この流れに沿って、もう少し掘り下げて、ケアンズで、どのようにそれを経験できるのかを考えてみたいと思います。
発達心理学の分野では、「私」という自我が成立するのには、母子のケアが必要とされています。
つまり、乳房が口についたり離れたりしているうちに、どうも乳房と「私」は性質が違うのではないかということに気付きます。
そして、それがもう一段階すすむと、「私」と母親という、原初的他者の認識が生まれます。
最終的に、宇宙から分離された一つの個体である「私」が認識されるわけです。
これが、恐らくは「オッカムの剃刀(ケチの原則)」。
つまり、生活する社会や文化の中では、脳が何かを認識するのに最も苦労を必要としない方法であるがために、問い直すことをしない限り、一生にわたり、「私」と「対象」という認識を持ち続けるのでしょう。
ところが、普段の生活環境とは全く異なる、ココナッツビーチのような視線の届く限り人工物が存在しない、広大な自然の中に入ると、他者と認識している対象が、何も存在しないという不思議な感覚に包まれます。
これは、他者の痕跡に囲まれている都会で、一人で部屋にいるときの孤独とは異なり、なにか永遠に自由な「私」だけになったような錯覚を引き起こします。
おそらく、空想ではなく、実際的な体験として、他者の認識がエポケーされるのでしょう。
その結果、他者の相対として認識されている「私」もエポケーされるのかもしれません。
「私」と自然が一体にでもなったかのようで、スピノザの理論のように、自然を含めた世界そのものが神であり、そうならば、「私」も神の一部だという汎神論にひたるのもよいでしょう。(これはメタフィジクスなのであまり深く考えないでください。)
そして、何か救われる気がします。
ココナッツビーチで、一度この感覚を経験して何かに気付くと、「私」と信じている「私」は、実はもっと色々な形態に変化したり、成長したりすることができる存在ではないか。
「私」を誕生したときにまでリセットし、私でいることもできるし、私から少しづつ離れて、自由になることもできるのかもしれないという発想が生まれるような気がします。
追記
以前、松本先生がエッセイの中で、第二次世界大戦中に米国軍が恐れたのは、日本人の他人のために死ねる精神だと書かれていたのを思い出しました。私はパックス・アメリカーナの影響を受けた文化の中で育ち、個人の尊重や自由を楽しみ、それにとても感謝しています。その上で、日本の風土は、個の殻を破る力を与えてくれているのかもしれません。松本先生のエッセイからは、いろいろなことを勉強させていただき、また気付かせていただきました。この場を借りて、お礼申し上げます。ありがとうございました。
ポートレイト
2010年06月01日
今依頼を受けているポートレイト。
この間のFOPのコンサートで僕の絵を買って頂いた方の娘さんです。
モデルが素晴らしいから、描いていて心地良いです。
まだまだ制作途中。
これから煮詰めていくつもりです。
日本代表づくし…です
2010年05月31日
W杯11日前。 私の仕事も、サッカー関連のものが増えて、なんだかそわそわしながら、忙しいです。
昨日のイングランド戦は、1-2で負けたけれど、久しぶりに面白かったなぁ~。
『日本、3点入れても勝てない…! イングランド1点も入れずに勝利!』 っていうツイッターの呟きに、思わず拍手 ヽ(^o^)丿 でした。
万が一、見ていな人用に説明 : 1点目の日本の先制点は闘莉王、やったぁ~! そして、イングランドの1点目は、またもや闘さんの…、オウンゴール…。 で、イングランドの2点目は、中澤のオウンゴール…。 そうです、得点、3点、全部、日本選手の足から生まれました ^_^;
国際A級マッチで、1試合にオウンゴール2点は初!ってTVのニュースで言っていました ^_^;
で…、結果は負けたんだけど、スタジアムで観戦した、あの「韓国戦」と比べたら、雲泥の差で面白かったのよ。 日本選手、動きまわって、元気で、ナイスプレーもあって (※戦略解説できません・・・^_^;)、「なんだぁ~、みんな、やる気、あったんじゃない~」って感じでした。 はっきり言って、0-3位で負けるのかな・・・って思っていたから、予想外の展開にびっくりでした。
あくまで私がよかったぁ~っていう選手は、GKの川島、DFの長友、MFの阿部と長谷部 (最後、ばてていたけど) かな。
あと開幕まで11日。 昨夜の試合で、少し、ワクワクしてきたわッ!っていう人、急増だと思いますよwww 
↓ で…、これら、W杯商戦で作られたモノですよ~
↑ 今日発売された、W杯記念の切手シート この切手のサッカーボール(右のシート)の絵、切手なのに盛り上がってるのよ。 平面じゃなくて、意味・・・、分かるかなぁ~!?
↑ コレは、カップ焼きそば すでに1個、食べちゃったけど…
↑ 飲むのは、勿論、キリンビール! ぐびぐび。。。と、毎晩
↑ ビールのおつまみには、ポテトチップス 徹底しましょ~~う (*^^)v
★ そうそう、縁あって、、昨日より 『みかわスポーツワールド』 のHPに、この「ぴかぴか~」が、リンクされました。 三河・・・、私、詳しくなくて、ごめんなさい。 行かないと、いけませんね。。。 三河の皆さん、よろしくお願いいたします。 
HPは ここです ⇒ http://mikawa-sp.jp/
ニーチェの言葉
2010年05月25日
から何か一つ引用しようと思ったけれど、どちらかと言うと守備型でどうも僕の心にしっくりこない。
そんなところに
サニーがまとわりついてくる。
どこに行くのもついてくる。
車に乗ると一生懸命人を観察。
散歩をすれば一生懸命リードする。
DVDプレーヤーの開閉を覗く。
沢庵を食べようとする。
実際食べた(笑)。
沢山寝る。
沢山食べる。
沢山喜んでくれる。
このひたむきな一生懸命な姿に、よし!俺も一生懸命ガンバロウと思う。
意外な先生がここにいた(^v^)。
サンフレッチェ広島について何を調べるの?
2010年05月26日
大也の、通う学校は、毎年、3~4泊の郊外研修がある。 海外研修も何度かある。 スポーツフェスティバルや合唱コン、文化祭…と、1年間、行事も多い。 進学校だっていうのに、珍しいカリキュラムだよねぇ~って思う。 大也は、勉強はそんなに(全然?)好きじゃないし ^_^; そんな学校生活が、満足満足です (^O^)/
この秋は、広島に行く。 で、そのための「事前学習」が始まるようだ。 そのテーマが、なんだか「サンフエッチェ広島」についてだと、昨夜、言っていた…
「ふう~ん」って聞き流していたんだけれど (※私、企画書づくりで忙しかったからね)、あれ…っ?なんで、「サンフレッチェ広島」なわけ???
姉妹校の渋幕を、闘莉王が卒業し、闘さんは、以前、広島にいたから? それって深読みし過ぎだよね…。 気になるので、ツイッターで呟いてしまったら、反応、多々ありで、コアなネタまで、頂いてしまった。
本人は、部活で今はいない。 早く、確認したいなぁ…
さて、日本代表は早朝、スイスに向けて出発したようだ。 合宿、練習試合(vsイングランド、コートジボワール)をやって、南アフリカに入る。
一昨日の韓国戦は、散々な結果…。 でも、もう、ここには、なんだかんだは書かない。 開催まであと16日、本気になって、闘ってきてくださいな。
★ で…、24日、韓国戦に行ってきた写真を2枚だけ… (*^^)v
↑ こんな感じで、サポーターは一生懸命、応援しました
↑ 大也と、おばぁ~ちゃんも、日の丸を振って応援しました
哲学で霊性を考える
2010年05月24日
今号のリビングインケアンズ、スピリチュアル(霊性)特集が届きました。
ちょうど、アボリジニの世界観と健康を合わせた論文を書いていたところでした。
しかし、テーマがテーマだけに、学会誌に投稿するにはもう少し熟成が必要かと思っていたところでした。
良いタイミングでしたので、少し長いですが、ご興味がありましたらご一読ください。
-----以下論文-----
WHO(世界保健機構)は健康を、「完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病または病弱の存在しないことではない」と定義している1)。これは、半世紀以上前の定義であり、個々人の意識や、外部環境が変化した現在では、普遍性を失いつつあるといえる。改正には至らなかったが、1999年のWHO総会では、健康の定義に、霊性(スピリチュアル)を含めることが提案された2)。その後も議論は続き、Awofesoは、21世紀の健康とは? と問い、生-死-生のサイクルを特徴とした、オーストラリアアボリジニの健康概念に触れ、WHOの健康定義を、霊性を含めて再定義することを提案している3)。統合医療の分野でも、霊性を含めて考える動向が見られる4)。
霊性という、心身に対して上位の感覚を希求すること。そして、現代社会が失ったものを、原始社会の中に見直す動きは、矛盾や閉塞感を伴う現代文化に対しての、反動形成や逃避、退行であると受け取ることもできる。しかし、アボリジニの文化に見られるような、生-死-生というサイクルは、過去生や死後の世界が存在するのではないかという、通文化的な直観でもある。
また、霊性を病気の解決に役立てる動きも見られる。その一つとして、前世療法があげられる。Weissは、被験者が退行催眠中に、生前の記憶を話しはじめ、そのことが心的外傷に対して治療効果をもたらしたことを報告している5)。催眠によって得られた前世記憶の多くが空想の産物であるという批判がある6)一方で、史実と照合し、本当の前世の記憶としか判断できないとする報告もある7)。世迷い事から目を背けたいという気持ちから、すべてが捏造されたものであると疑うような、徹底的懐疑の立場を取ることは簡単であり、普通でもある。ところが、理論上においては輪廻は存在可能である。今回、前世を足がかりとして、哲学的手法で霊性を考察してみたい。
前世とは、「私」はかつて、時間的接点のない、ある人物を生きたというふうな、過去生であるといえる。この、過去の「私」、という存在を、概念として、なんとなく感じることのできる無意識の観念がある。この、過去の他者と、現在の自分を繋ぐ媒質が魂の一部ではないかと推測している。
ここで、過去生が存在すると仮定したときに生じる、大きな疑問を考えてみたい。過去生を感じるとき、いったい、自分自身のうちの、何が、過去を生きたのかという疑問が起こる。我々は普段、「私」というとき、一塊に移動できる、意識を伴う、強い物理的結合を持った有機体を意味する。身体は死んだらそれまでであるから、過去を生きたのは、現在の心身を持った、日常的に「私」と感じる、自分自身そのものではないことは明白である。ここから、日常的に感じている「私」と、過去生を考えるときの「私」の間に差異が生じる。この差異から、ひとつの要素を取り出すことができる。全く接点をもたない別の人間に対して、身体を含まない「私」を投射することによって、過去生が成立している。したがって、「私」とは、身体を必ずしも必要としない何かである。そして、その何かには、自分以外に「私」を感じることのできる感度が含まれていることがわかる。つまり、過去生という概念を理解するためには、「私」という、個に対する固定観念を、捉えなおす必要がある。
一方、「私」という人間の本質を、Dawkinsが主張する、肉体は遺伝子の乗り物である8)というほどまでに、遺伝子や、物質的な身体そのもののような、物質に還元したときには、死んだらそれきりであり、前世や来世は存在しない。現代人の多くはこのような感覚を持つのかもしれない。しかし、人間の本質が、物質のみからなるという、極端な実存主義的な捉え方はむしろ不自然である。人間の身体は、絶えず外部世界から物質を取り込み、外部世界に老廃物を排泄し、成長や老化しながら変化している。非自己を取り込み、それが自己となり、また、それが外部に排出されると非自己になるのである。自分であったものが自分でなくなり、自分でなかったものが自分になるということが生涯にわたって繰り返されている。「私」とは、自己と非自己が交錯するダイナミック(動的)な存在であり、つかみどころがない。にもかかわらず、厳密には時間軸に対して同一ではない、常に変化する身体を、一生にわたって、同一の「私」、とみなす観念がある。したがって、このような同一性を生み出す感覚は、極めて近似的な観念であることがわかる。この観念はアイデンティティ(自己同一性)と類似と考えても良いだろう。
現代社会では、アイデンティティを失うことにより、アパシー(無気力)に陥る危険性があることから、生きてゆくために、社会や文化といった外部世界が、「私」を、身体や、場合によっては、会社組織、高級車、高級時計に、封じ込めることを要求しているのかもしれない。「私」が身体と限りなく一致すれば、物質として時間的に有限な身体が死んだとき、「私」は終わる。これは、ディオティマの言葉「人間は激しく不死なるものを恋し求める」に表現される、強いエロス(恋)的な欲求と強く拮抗する。身体という、外部世界との明確な境界と、生涯にわたる絶対的な同一性を信仰する、強い個、強い主観が、過去生を強く否定するのであろう。その結果、永遠を望む、人間的欲望との間で強い葛藤が生じるのかもしれない。
それとは逆に、輪廻転生の概念を持つ、アボリジニは、「私」と外部世界との強い一体感を持つ。つまり、「私」が、身体の境界を限りなく超え、外部世界という、永遠そのものと究極的に一致しているように見える9)。
現代人は、このようなアボリジニが持つ感覚を、歴史の過程で個人主義、ヒューマニズム(人間中心主義)と引き換えに手放したと考えることもできるだろう。一方で、近年、環境問題の深刻化から、ヒューマニズムを脱却し、人間と自然との一体性、調和性を深めた、ディープエコロジー10)に代表される、「私」と外部世界との、強いつながりを意識する思想が生まれつつある。このような、霊性の成長による、個人の自由な選択の結果としての集合的な思想は、現代を生きる我々においても、永遠の感覚を手に入れることができることを予感させてくれる。
前世が存在することは、必然的に来世も存在することにつながる。「私」が自分自身という固定観念の束縛から離れ自由になり、他者や自然、宇宙といった外部世界との間にある深い関係に気付き、それらを大切にする心のありかたが芽生えると、前世の感覚も自然に芽生え、プラトンやラカンをはじめとする多くの哲学者が希求した、永遠の魂と、何よりも健康をもたらしてくれるのではないかと考える。
1)WHO. Basic Documents, Forty-fifth edition, Supplement, 2006, WHO Webpage http://www.who.int/governance/eb/who_constitution_en.pdf page accessed May 5, 2010.
2)厚生省大臣官房厚生科学課.WHO憲章における「健康」の定義の改正案について.第14回厚生科学審議会研究企画部会議事録.資料1.健康定義改正案を審議した第101回WHO執行理事会会議の議事録要旨. 1999.
3)Awofeso N. Re-defining ‘Health’, WHO Webpage, http://www.who.int/bulletin/bulletin_board/83/ustun11051/en/ page accessed May 5, 2010
4)アジア統合医療会議.メディカルトリビューン 2010年5月13日版. 東京. メディカルトリビューン株式会社. 2010: 34-35
5)ブライアン・L・ワイス. 山川紘矢. 山川亜希子(訳). 前世療法. 東京. PHP文庫. 1996
6)Stevenson I. A case of the psychotherapist’s fallacy: Hypnotic regression to "previous lives." Am J Clin Hypn 1994; 36(3): 188-193.
7)Linda T. An Unusual Case of Hypnotic Regression with Some Unexplained Contents. J Am Soc Psych Res 1990; 84(4): 309-344
8)リチャード・ドーキンス. 日高 敏隆. 岸 由二. 羽田 節子. 垂水 雄二(訳). 利己的な遺伝子 増補改題「生物-生存機械論」. 東京. 紀伊國屋書店. 1991
9)ロバート ローラー . 長尾 力(訳). アボリジニの世界 ドリームタイムと始まりの日の声. 東京. 青土社. 2003.
10)Næss A. The Shallow and the Deep, Long-Range Ecology Movement. Inquiry 1973; 16: 95-100
生命の謳歌
2010年05月24日
最近の散歩には“緑”が楽しい。
家の周りや歩き慣れた道、公園のは密度の濃い鮮やかな“緑”が生い茂る。
生命の謳歌
この季節の散歩はこの“生命溢れる緑”に癒される。
5月はサニーの誕生月。
バースデープレゼントを貰ったサニー。
今月で1歳。
そんな“生命溢れるサニー”にも癒される。
5月にありがとう。
W杯、20日前。
2010年05月22日
ごめんなさい、しばらく更新しなった… (^_^;) 単純に、多忙でした。
大也の学校では、保護者が関係する「×××会」が、1学期に12回もある! 私は厳選して参加し、あとはゴメンナサイ…にしちゃうけれど、いずれにしても、最近、仕事とプライベートと、多忙です。
サッカー代表決定云々で、個人的に、かなり悲喜交交の日々でした。 でも…、とにかく代表23人、サポートメンバー4人が決まって、W杯開催まで、あと20日です。
そんな中、昨夜は、西部謙司氏と宇都宮徹壱氏のトークショーに参加。 ココで、その模様を全部は書けないけれど、2つだけ。。。
・川口は、“雰囲気作り係じゃない”。 そういうことはチーム全体でやるべき。 そもそもGKとフィールドプレーヤーは練習中には、ほとんど一緒にいない。 その部分は本来、コーチやスタッフがやること。 ※川口選出に異論と言う意味ではなく、川口に求める部分ってコトでしょう。そこを、どう位置付けるか…という。 ⇒ 昨夜、岡田監督は川口にチームキャプテンを託した、と報道あり ⇒ ★私の願い:折角の選出、ドイツ大会の時のようにならないよう(チームのまとまりの意味)、頭を使って、上手い “川口プロデュース” をしてくださいッ!
・本田は面白い。 とにかく良いプレーをして点を取ればいい! 今後(南ア以降)、良い意味でチームをひっぱる選手になるのでは!? リーダー不在と言われる今、いずれのリーダーになるかも…と、期待していいのでは。 クレバーな奴だから。
次の監督、会長等、話題は当然そこもあり、そうかぁ~と…。 グループリーグの勝ち負け予想や、先発予想云々…は、ここにきては世間で言われてることと、大差なし。 とにかく『サッカーは何が起こるか分からない!』と、期待して応援するしかないですね。
その後の、打ち上げ飲み会でも貴重な話がポロポロと…。 途中で、私の「潜水士」の話になり、余計な方向に行ってしまいました (^_^;) すみません。
さて、月曜日はW杯前の国内最後の試合、韓国戦です。 なんで、この時点で韓国と!?と昨日もその話になったけれど、とにかく、参戦して応援です。
しかし、 「とにかく」が多い、今日のブログですね…
空也
2010年05月18日
上人立像。前から描きたいと思っていた。
13世紀前半、運慶の四男康勝の作。
京都、六波羅蜜寺にある重要文化財。
胸に金鼓を、右手に撞木を、左手に鹿の杖をつき、膝を露に草鞋をはき、念仏を唱える口から六体の阿弥陀が現れたという伝承のままに洗練された写実彫刻である。
この絵のモデルを見た時、言葉に表せない「スゴイ」を感じた。
口から出た“仏様”達。
この表現方法で神を見出す大胆さ。
それが今回のこの絵を描くエネルギーへと繋がった。
13世紀の素晴らしい立像、この先人の匠に畏敬の念を捧げます。
日本美
2010年05月15日
お参り前
富士本宮
ここは富士山の御祭神木花咲耶姫(このはなさくやひめ)を祀る神社。
よく言う“パワースポット”。
それをいうならば僕はこの神社を挙げるだろう。
特にこの富士山から“湧き出る清水”は本当に素晴らしい。
内から外から五感で癒してくれる。
実は、ここに来た理由は
この三人を連れて行きたいと思ったから。
愛するミーガン(^v^)。
ユーラシア大陸を列車で横断していた時、偶然にも三度出逢ったオーストラリア人マイク。
それ以来、彼とは家族ぐるみの付き合い。
僕達に会いに日本に来てくれた。
そしてその友達ジェーン。
彼女はCDも出したカントリーシンガー。
今日の目的の富士山を含めた“日本美”を満喫してくれたみたいだ。
これからヨーロッパ旅行をする二人に“素晴らしい旅行”が出来るように。
お祈りをした。
それが通じたのか、ずっと雲をまとった富士山が一時姿を披露してくれた。
今年はなんだかいい予感がする。
そう思っていたらきっとそうなる。
そう思う。
問い:無私になれ
2010年05月14日
禅問答に、「無私になれ」というものがあります。
東洋思想を持つ方と話をすると、この難問に果敢にチャレンジする方がいらっしゃいます。
意地悪なことに、無になる→消滅する→死ぬという変換までできてしまうので、人によっては死を恐れないという結論に達する人もいます。
これから述べてゆくように、これはこれで無数にある一つの答えですが、このような破壊的な道筋に、人を陥れる問いが許されていいのかという憤りも感じます。
今回は、気分転換に、哲学と言語認知の脳科学をミックスしてこの問題を考えてみたいと思います。
まず、この命題を要素に分節します。
ある程度意味のわかる範囲まで分節すると「無」「私」「なれ」となります。
そして、それぞれのパラメータを考えます。
まず、最初に「無」を考えてみましょう。
これが最初の罠です。
この問いの罠は、思考を「無」という言語の一般的な意味に縛る言語認知の罠です。
デカルトが「われ考えるゆえにわれあり」といい、絶対的な存在を示したのに対して、「絶対無」というものは、われわれの認知においては存在しますが、客観事実では存在しえないのです。
したがって、答えにたどり着くことができる(問いであるならば、答えにたどり着くことができなければなりません)、ここでの「無」は、われわれを縛り付けている一般的な言葉の「無」ではなく、それ以外の「無」という概念、または意味、もしくは感じ方などを指します。
絶対的な「無」は不可能ですが、相対的な「無」は可能です。
この場合、絶対的な「無」を指しているように勝手に感じてしまうのですが、絶対無はデカルトのいうように、事実としては無可能性です。
答えがあるならば、空間内の移動などに伴う相対無ということになります。
一方で、もし、脳の思い込みにしたがって、「絶対無」と考えたときには、二つの可能性に収束します。
一つは、問題が解けない。
もう一つは、普遍ではなく、最初に述べた死への変換のような、ある状況に対する無限の種類のうちの一つの答えに収束します(解けないことと限りなく近い)。
つまり、普遍的な答えがあるとするならば、この質問の「無」は、われわれが通常感じている「無」とは違う意味をさすのです。
次に、「私」です。
実は、「私」も思い込みです。
よくよく考えてみると、「私」という絶対的な基準はなく、絶えず変化します。
生まれてから、死ぬまでの間、絶えず身体という物質は、外界から様々な物質を取り込み、また排出し、成長、老化し変化しています。
にもかかわらず、現実には同一ではない自分を、同一と見なす感覚(これを拡大すると、前世という接点のない他人と、自分とを同一と見なす感覚があります。これを私は魂の一部と考えています)があります。
われわれが普段信じている「私」というのも、言葉という形式が指すもの、単なる信念であって、客観事実とは別のものなのです。
つまり、「私」も「私」で無くなることが可能です。
「なれ」も同じような発想で様々に解釈できますが、面倒なので省きます。
まとめると、「無」も「私」も絶対的な一つのものではなく、無限に変化することができるのです。
無限は「無」と限りなく近いものです。
そうすると「無私になる」というイメージが見えてきます。
ここまでは、主体(自分)の観点から考えましたが、もう一つが、客体(自分以外)との関係です。
「無私」の形態が無限にあるので、客体との関係を考えると、「無私になる」という場合、どのように無私になるかという選択もまた無限にあります。
そのために、あらゆる状況に応じて、それに対する「無私」が、無限に思いついてしまうのです。
自分から主体や客体の要素だけを停止すること。
これを、エポケーといいます。
したがって、強く結びついている主体と客体を分離できないと、つまり、どちらかをエポケーできないと、ここでも無限ループの罠にはまります。
これは、強い精神的ストレスになります。
日常でもこのような無限ループに陥ることが良くあり、しばしばいざこざに発展するように感じているため、これが解決できるようになると、精神が生きることがとても楽になる様な気がします。(そのために、医師として、簡単にできるようになる方法を探求しています)
こう考えると、「悟り」とは、自分の感覚や固定観念の緊縛から「自由」になるという要素を持つのかもしれません。
ラモス瑠偉氏は、やっぱり熱い。。。
2010年05月12日
ラモス瑠偉氏 (※サッカー元日本代表) の話を聞いてきたよ。 いやぁ~、想像以上に熱い方でした。 面白い話がいっぱぁ~いあった中で、いくつかを紹介します。
まず、今回のW杯23人の人選について~
・『小野伸二と石川直宏を選ばなかったのは、何故??? 分からないね…。 ゲームの流れを変えることの出来る選手で、試合に絶対に必要な選手だよ』
・『仕掛ける選手もいないねぇ。 小野、石川や、田中達也や前田遼一 がいいのに、何故使わないの?』
・『前田遼一は、岡田監督の頭の中には、全くなかったと思うよ。』 ☆ちなみに、前田は、昨シーズンのJリーグ得点王。 得点王には、ほとんど外国人選手がなり、日本人の得点王は2002シーズンの高原選手以来です。
・ 『他の国では考えられないね。 国内リーグの得点王をはずすなんて』 岡田監督は前田遼一を選びませんでした…。 んんん~っ、何故でしょうね、いろいろ言われていますが。
日本代表が強くなるには~
・『フル代表を強くするには、下を育てなくちゃ駄目だよ。 U-15とか16とか…。 そこを変えて強くしなくちゃ無理。 もう、全部、考え方も、1対1の力、個の力を…、もっと強くしないと。 フル代表の年齢になってからじゃ遅いよ。 今は甘過ぎる。』 下部組織のコーチや監督を、もっと変えないといけないと言う。
・『コーチは、世界と戦った経験のある選手がやらないと駄目、無理だよ。 経験がないと分からないし、教えられない。 自分は、オリンピックの監督、コーチをやりたい。 U-16、17の世代を、柱谷とやりたい!』
新聞もW杯の記事で賑わってる。 W杯まで1カ月。
23人には入らなかった カズさん が、南ア行きを熱望しているという記事が各紙にでている。 どんな色のユニフォームでもいいから着たい。 予定は空けてあるので、代表で何かできることがあればする! と言っているそうだ。 カズさん って、大人だなぁ~と、頭が下がる思いがした。
岡田監督、その発言、知っていますか? どうぞ、岡田監督、 「あの時はゴメン」 は、言わなくてもいいから、(って、私が言うことじゃなけれど…)、カズさんの力も借りて、全力で闘いましょうよ!
☆ラモス氏の話は、東京中日スポーツ55周年記念・東京新聞フォーラム「頑張れ岡田ジャパンーW杯4強への道ー」でのものです
浜松風情
2010年05月11日
夜の浜松を練り歩く。
匠の技が光った屋台からは子どものお囃子が聞こえ、“日本風情”を感じる。
その数百台以上。
この祭りの夜の3日間は浜松の中央街は封鎖、法被を纏った粋な人達で屋台と共に練り歩く。
そして初子の生まれた屋敷へとお祝いの練りが始まる。
夜の祭り。
ここでは恒例の“祝いの一気飲み”が始まった。
酒瓶をかっ喰らう若者から老若男女の有志がお立ち台で煽る。
ラッパと太鼓と掛け声が入り混じる。
甥っ子タックンも祭り好きで、もうこの年でラッパを吹かす。
こっちは従兄弟の息子、シュウ。
二人共立派!
今年は印刷の“寿屋”をやっている従兄弟が組長。
お店の前で。
サニーも一緒です。
従兄弟の友人知人共同で樽をかなりの早さで空ける。
そして練る。
太鼓とラッパと練りと。
音が頭の中で鳴り止まない“その夜の余韻”。
“浜松風情”を存分に楽しんだ。
Meditationの射程
2010年05月11日
ケアンズでセッションを受けさせていただいた癒し手の方から、日本にある、安心なMeditationの施設を教えていただき、今週末に受講の申し込みをしていました。
今日、インターネットに繋いだところ、このような記事が。
70年間断食は本当? 聖者の「ヨガパワー」を検証中、インド
http://www.afpbb.com/article/life-culture/health/2722468/5685631
70年断食の印ヨガ聖者、科学者も仰天
http://www.afpbb.com/article/life-culture/health/2724999/5722973
本当に仰天です。
なんでも、Meditationからエネルギーを得ているそうです。
自身をコントロールするのに(そもそもコントロールという概念が支配する側とされる側という観点で、ヨガ的でないのですが)、Meditationはどれだけの射程を持つのでしょうか?
週末が楽しみです。
日本代表23名決定~ッ ☆
2010年05月10日
先ほど、14時に、 南アフリカワールドカップ、日本代表23人 が、決まりました。
GK 楢崎正剛(名古屋グランパス) 川島永嗣(川崎フロンターレ) 川口能活(ジュビロ磐田)
DF 中澤佑二(横浜F・マリノス) 田中マルクス闘莉王(名古屋グランパス) 今野泰幸(FC東京) 岩政大樹(鹿島アントラーズ) 駒野友一(ジュビロ磐田) 長友佑都(FC東京) 内田篤人(鹿島アントラーズ)
MF 中村俊輔(横浜F・マリノス) 遠藤保仁(ガンバ大阪) 中村憲剛(川崎フロンターレ) 稲本潤一(川崎フロンターレ) 阿部勇樹(浦和レッズ) 長谷部誠(ボルフスブルク/ドイツ) 本田圭佑(CSKAモスクワ/ロシア) 松井大輔(グルノーブル/フランス)
FW 岡崎慎司(清水エスパルス) 玉田圭司(名古屋グランパス) 大久保嘉人(ヴィッセル神戸) 矢野貴章(アルビレックス新潟) 森本貴幸(カターニア/イタリア)
私が、ぜひ!!!と叫んでいた、カズさんは落選でした…(涙)。
もう、ここに至ったら、あとは、ぐてぐて私も言わずに、すべてをポジティブに捉えて、応援するのみです!
「頑張れ、日本!!!」
ちなみに、豪州代表は、明日、発表だったような。。。
浜松祭り 凧々上がれ!
2010年05月09日
前回のブログで紹介した僕の凧の絵。
始まりの経緯はこれ。
浜松祭り
江戸時代、浜松城主の初子祝いから始まった浜松が誇る伝統的なお祭り。
人々が押し合う熱気。
みんなのパワーが一つになる。
僕は子どもの頃からこの浜松祭りが大好きで、この時期はやっぱり血が騒ぐ。
人々のパワーがブツかった祭りの後、野原に寝転んで“緑と同化”。
周りでは姪とサニーが遊んでいる。
童心に帰った何ともいえない瞬間だった。
これから祭りは夜に引き継がれ、まだ続く(^v^)。
南ア、代表選手は果たして誰!?
2010年05月08日
喉が痛い、暖かく(暑く)なったっていうのに、喉の風邪!? って、も~~う、嫌だわ。 そういえば、何日か前から、鼻水も出ているし… いや、そんな場合ではない。 明後日の14時には、日本代表が発表されるんだ。
昨日7日のスポーツ新聞各紙で、6日のスタッフ会議後に、岡田監督が報道陣に対して言ったコトが報じられていた。
『うまい選手を上から23人選ぶわけではない。』 と、岡田監督の弁。 で…、どうも 盛り上げ役=ムードメーカー を入れることを示唆したらしい。
4月に、35人前後の選手に対して、W杯出場の条件になるメディカルチェックを実施したので、そのチェックが、メンバー入りの最低条件!?って思われていたんだけれど、岡田監督は、「受けてない選手も選べる。 1、2人ならすぐ(チェック)できる」と、言ったみたいなのよ。
で、当然のこと、様々な予測やら憶測、願望、切望、悲痛な叫び…が、サッカーファンの間を飛び交っているわけです。
そこで、いちサッカーファンとして、私も言いたいッ。
なんたって、岡田監督は、98年フランス大会の前に、日本代表から三浦カズを落選させた人。 多くの人がいっぱい泣きました。 いくら、考えがあってのことだったとしても、カズさんをはずしてはいけない! いまだにその “呪縛” に囚われている人だって、たくさんいるはず。 私も…
「さぁ、ここで、その “呪縛” を解きましょう! 岡田監督!!! 勇気を持って、カズさんを選出してください!」
一般的な見方として、今回のW杯、グループリーグのでの「勝ち」は、あまり見えていない。 それどころか…、「W杯って今年なの!?」なんて、この時期でも言われるほど、盛り上がっていない現状。
なら、ならば・・・・・、やっぱりここは、 カズさんを選出でしょう!!! そして、単なる盛り上げ役だけではなく、FWとして、試合に出て貰って下さい ☆☆☆
カズさんが、W杯で走り回ってくれたら、カズさんの笑顔が見られたら、グループリーグ3敗でも許します、私は。
「日本サッカーはこれからも続いていくし、代表を目指して頑張る選手も続いていくために、なんとかひとつ…、あと1か月余りに迫ったW杯を盛り上げていこうじゃありませんか!」 ※なんか、選挙演説みたい。。。
「南アフリカWカップ、最後の代表選手は、キングカズ、三浦知良!」 と、岡田さん、大きな声で言いましょう! 誰も、反対しないですよ!
↑ 懐かしい写真。。。 カズさんは、やっぱりカッコいいですよ (*^^)v
春を超えて初夏!?
2010年05月07日
ゴールデンウィーク は、特に遊ぶこともなく、仕事をしながら、ふつ~うに終わってしまったわ。
あっ、唯一、スタジオを借りて、バンドの練習したっけ。
もう少し有効にGWを使いたいなァ~とは思うけれど、混んでいて通常よりお高いレジャーは嫌だしね。 気が付けば、GWをGWっぽく過ごしたことって、ないなぁ~
「寒い、寒い!」って言っていたら、今度は、一気に初夏の陽気。 いたるトコで、30度を超えています。 いったい、どうなってるんだろう。 ケアンズは、だいぶ、涼しくなったころでしょうね。
★ 10日、月曜日の14時に、W杯の日本代表のメンバー発表 が、あります。 当落線上の選手は、気分が落ち着かない日々なのでしょうね… 
授賞式
2010年05月02日
場所はここで
静岡芸術文化大学。
先日報告した日米アートカイト展一般の部で金賞受賞したので、受賞式に出席しました。
ミニマムな空間の中に色彩豊かなカイト達が規則的に飾られてキレイな空間。
それぞれが個性的でとても刺激を受ける。
どれも素晴らしい作品。
そんなスペースで受賞の瞬間。
賞状と盾を頂き、そして来年夏にアメリカ、サンフランシスコのギャラリーで個展が出来る事になりました。
では簡単なスピーチを。
受賞者達とみんなで
今回の一番の感謝をミーガンに捧げます。
今回お世話になった皆様、この企画に携わった方々に感謝の心を捧げ、お礼を申し上げます。
ありがとうございました。
この日の色々な方との出会いで、自分の表現力が拡がりそうです。
おかげさまで頭の中は今後の考えで色々と駆け巡っている。
心地良い忙しさです。
誕生日です
2010年05月02日
「5月2日、誕生日~ ☆」
同じ誕生日のサッカー選手に、 ベッカムと、狩野健太(Fマリノス)と、榎本哲也(Fマリノス)と、岩本輝雄と、藪田光教と、近賀ゆかり(日テレ・なでしこ) と…、いるんだよね。 私も、サッカーをやればよかった!?
「オレも、誕生日、2日ずれて6月24日なら、俊輔、メッシ、リケルメ と一緒だけど…」と大也。
で、1日早いけど、昨日、ベトナム料理を家族で食べに行ってきたよ。 アジアンフードは大好きで、ベトナム料理店は何軒か知っているけれど、ココが一番、美味しいって思うんだ。
高円寺北口の、『大一市場』っていう、なんていうの…、屋台街みたいなトコにあるお店。 「チョップスティックス」 っていうんだ。 ココ、偶然に見つける…っていう場所じゃないんだよねぇ。
何を食べても美味しいっ! そうそう、ベトナム焼酎っていうのが、また美味しいのよ。 焼酎も、何種類かあるから、飲み比べて欲しい。 40度の「ネプモイ」っていう焼酎、香ばしい味わいで、良いよ~ (*^^)v
「ホント、全部、美味しいぞ。 デザートは、コレ ↑ “黒米とココナッツミルクの温かいチェー” が、最高だね」 と、大也。
で、誕生日、当日の今日は、何もイベントはないです…。 良い天気なので、掃除洗濯、布団干しですね (*^^)v
金賞 受賞
2010年04月30日
日米親善の為にデザインした浜松の凧のデザイン。
本日選考会で、めでたく金賞を受賞したと連絡がありました。
珊瑚の産卵、海の起源
この企画に携わった方々と、特に紹介してくださった浜松市美術館長増田先生と当麻さんに厚く御礼を申し上げます。
ありがとうございました。
本当に嬉しいです!
浜松市での展覧会は、静岡文化芸術大学ギャラリーで5月1日から10日までの会期です。
その後、アメリカのロサンゼルスへと場所を移して展覧会を行います。
時間のある方は是非観どうぞ(^v^)。
5月1日には授賞式、予定が詰まっていますが、新幹線でなんとか行けるようにしたいと思っています。
2回戦突破、作戦会議
2010年04月28日
大也の所属する高校サッカー部、高校総体の1回戦、4-1で勝った、って、一昨日に書いたよね。 そう、確かに、勝ちました。 でも、なんだか、この「1回戦勝利」、どうも、2回目…!?とかのようで、大也の想像以上に、先輩たち、友達たちの反響も凄かったみたい。
もし、もし、もし…、2回戦に勝ってしまったら、学校創立史上初の快挙!になるわけだからね。 よって、 『2回戦突破に向けての緊急作戦会議』 が行われたようです。
そうそう、この前の1回戦終了後、2回戦の相手になる学校の試合を、顧問の先生は残って観察していたそう。 ひっさ~ぁしぶりの2回戦だもん、そりゃあ、気合入るよね! でも、生徒は、観察しなかったんだぁ~、そこ、いいの…!?
で、作戦だけど…、
「あのさぁ、リビケンのブログで、書かないでよ、作戦! 秘密なんだからね、いい!? 分かってる!? バレたら、オレのせいになっちゃうんだからね!」と、大也。
うん…。 秘密だよね、書かない、書かない。 相手チームのスパイが、見てるかもしれないモンねぇ…。
ということで、書けないけれど(笑)、とにかく、 『舞い上がらないこと!』 とのこと。 そうそう!
でも、そういう盛り上がりって、羨ましいくらいにいいよね~ (*^^)v 頑張れ~!






















































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