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こちらでは色々な場面で、他者を盛んにほめる光景を目にする。
"I'm impressed!"、"Excellent!"、"Wonderful!"、"Awesome!"など、大人子供を問わずよく耳にする表現だ。
日本でも子育て方法のひとつに、「ほめて育てる」というやり方があるが、こちらはまさにそれを実践している。子供のちょっとした行動にも、「すごい!」「うまい!」「すばらしい!」とほめるので、時には「少しやり過ぎじゃない?」と思うこともある。

子供に乗馬を習わせたときのこと。
オージーの友達は、小学生の自分の子供に対し、わずか1時間の間に30回くらい「すごい」「よくできたわね」「上達したわ」を連発した。ほめられた子は得意満面。私はといえば、隣で練習している息子に対して、「大丈夫?」「ほらしっかりやって」「こうした方がいいんじゃない?」と、アドバイスや注意ばかりを与えていた。
小学校のAssembly(朝の集会)には 「表彰会」の時間がある。担任の先生が「宿題を頑張った」、「転校生の面倒を見てあげた」、「先生をよく手伝った」などと、みんなの前でほめて賞状を渡す。先生によっては、自分の受け持ちのほとんどすべての生徒に何がしかの賞を与えて表彰している。
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▲賞状をもらって得意満面
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友達の家に遊びに行くと、子供がもらったトロフィーが所狭しと並べられている事が多い。子供達は、スポーツ、演劇、音楽などの様々なクラブに属していて、そこでもいろいろ理屈を付けては(?)賞状やトロフィーが渡される。
「1年間頑張って教室に通い続けた」というものもあった。日本だったら、できて当然のことと思われることでも、親も教師もできるだけ評価しよう、という気持ちが感じられる。
しかし、たまに首を傾げたくなることもある。
教育として「ほめる」のなら理解できるのだが、多くの親は掛け値なしで「自分の子供はスゴイ!」と思い込んでいるのだ。日本では、人前で自分の子供のことを過度にほめたりすると、「親バカじゃない?」とか「ちょっと自慢し過ぎじゃない?」と思われるのがオチだ。
日本の友人と子供の話をする時は、どちらかというと愚痴が多い。「あまり勉強しなくて困る」、「うちの子、落ち着きがなくて・・・」といった具合。
ところがこちらは全く逆。「うちの子はクラスでトップなのよ」、「運動神経がずば抜けていいのよ」、「学校で友達がすごく多くて」など自慢話が延々と続く。時にはこちらが呆れるほどだ。親ならば、自分の子供が素晴らしいと思うのは当然かもしれないが、聞かされる側にとってみると、少々辟易してしまう。
教師をしているオージーの友人にこの話をすると、やはり多くの親が自分の子供の問題点の指摘に対して、「そんなことはない。うちの子はすばらしい。問題があるわけがない」と反論してくると教えてくれた。親は、子供の悪い点をなかなか認めたくないらしい。もっとも、「私だって、もし自分の子供に何か問題があって呼び出されたら、自分の子はどんなにいい子かをしっかり説明すると思うわ」ということだった。

ほめる相手は何も子供に限らない。
あるパーティーに招待された時のこと。テーブルに並んだ料理を前にして、ホストのご主人はゲストの友人達に得々と説明した。
「これは、奥さんの得意料理なんだ。最高においしいよ!」
「うちの奥さんは本当に料理がうまいんだ。世界一だよ」
と盛んに奥さんのことをほめちぎる。もちろんほめ言葉は料理にとどまらない。
「彼女はピアノが上手で、歌もうまい。すごい才能の持ち主なんだ」。
こういった自分の家族の自慢話もよく耳にする。日本人の私からするとちょっとほめすぎ?オーバーじゃない?と思うが、周りのオージーはニコニコとうれしそうにそれを聞いている。不思議なことに、恒例のオージー流茶々を入れる人は誰もいない。
私の主人など、お客さんが「奥さん料理うまいね!いつもこんなの食べているの?うらやましいな〜」などとほめると(注:もちろんお世辞)、「そんなことないよ。今日だけ特別。いつもは、いわしの干物をしゃぶっているよ」と決まって私をこけおろす。
どちらかというとそれが日本のやり方だ。この日本風作法をオージーの友人に話すと、「もし、男性がゲストの前で奥さんや恋人のことをほめずに、逆にけなすようなことがあったら、その男性とは絶対別れるべき、と思う」という。ゲストの方も、男性の奥さん(恋人)礼賛を期待しているのだ。

一方で、オランダ出身の友人からは、「みんなほめすぎ。子供の場合、ほめられることに慣れてしまうと、自分の未熟さに気づかずに成長することになってしまうので、長い目で見るとあまり本人のためにならないと思う」という意見もあった。確かに、オージーの、時に目に余る自身満々な態度は、ほめる教育の弊害かもしれない。
やはりバランスが大事ということか。
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