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1995年12月号・其の4 SUSIE

 その4WDは、センターラインをオーバーして、まっすぐに、ギャリーとスージーの相乗るバイクに突っ込んできた。距離は、アッという間に縮まった。紙一重の差で擦れ違う瞬間、ギャリーは4WDのフロントガラス越しに、刺すようなドライバーの視線を体に感じたと言う。居眠り運転ではない。バイクを狙った悪質な嫌がらせだった。

 とにかく無事だった。そのまま走り続けた。少し眠った時、背に寄り掛かるスージーの体重と、脇腹に食い込む彼女の指に異常を感じたギャリーは、バイクを道路端に止めた。後を振り返った彼の目に、赤く染まった道路と、半分千切れかかったスージーの膝が飛び込んできた。

 スージーとボーイフレンドのギャリーが私の道場に入門したのは、もう、15年以上も前である。スージーはスラリとのびた足が自慢の、冷たい感じの美人だった。その美貌を鼻にかけるところもあり、少し我侭でムーディな性格は、他の道場生とはあまり合わなかった。空手は熱心だった。数年を経て2人共有段者に列席し、性格的にもすっかり落ち着いてきた矢先の事件だった。

 ギャリーはそれから毎日、その時間になると病院を抜けだし、事件のあった道路の傍らにバイクを止めた。忘れることの出来ない黄色っぽい色の4WDが、彼の目の前を通ったのは、実に四日目の午後の出来事だった。彼はその4WDを尾行して家を突き止め、ポリスに連絡した。知らぬ顔を決め込む男の4WDを調べると、ブルバーにへばりついていたスージーの皮膚の一部が発見された。それが決め手になった。

「センセイ、私が空手を習っていなかったら、ポリスを呼ぶ前に、あの男を殺していましたよ」

 ありがとう御座居ました、だけを日本語で言って、ギャリーが泣いた。スージーが、多量の血を流血したにも関わらず一命を取り留めたのは、空手の稽古で養った体力と意志力でしかない、と医者が言ったという。

 裁判を終えるのに、数カ月かかった。豪州の裁判らしく、男には数百ドルの罰金だけだった。自慢の足を失ったスージーは、我々の努力で、その類の事故で貰え得る最高額の保険金を得る事が出来た。そしてその後、二人は私の前から姿を消した。

「スージー達が、稽古に来ましたよ」

 ケインズから南へ100キロの地点にあるイニスフェイル道場支部長から連絡があったのは、3年程も前である。彼等が消えてより、5年程の月日が流れていた。ようやく帰って来たか、と思った。スージーの愛した空手を、ギャリーだけでは出来なかっただろうし、彼女も失った足を悔やんで生きるより、現実を直視する覚悟と体力が戻ってきたのだろう。

 空手の動きは、五体満足な者にでも難しい。太股から切断した足に義足をつけての稽古は、女性として、並大抵の覚悟では出来るものではない。スージーはすっかり落ち着き、言葉の端々に彼女の達観したような気持ちが感じられた。彼女は足を失って、本物の彼女を取り戻したのだ、と思った。二人は週2回、イニスフェイル道場で稽古し、必ず週一回は往復250キロの距離を走って、私の所にやって来る。

 今年は、私の道場の20周年記念である。色々の行事があったが、11月には記念大会を行った。参加選手220名。日本からは34名の団体が来てくれた。その出場登録に、スージーの名前があった。

 ケインズで空手道場を開いて20年。様々な苦労もあったが、よく空手だけで生きてこれたものだと思う。この大会には、そんな私の感慨が一杯に詰まっている。それだからこそ、スージーは出場を望んだに違いない。義足だから、転倒して怪我をする可能性は充分にある。出場させるべきかどうか迷ったが、怪我を恐れるよりも、彼女の気持ちを汲んでやるべきだろう、と思った。

 事故は、そんな時に又、起こった。大会の数日前だった。道場からの稽古の帰路、折からの雨の中を不注意な追い越しをした車が、その時反対車線を走っていたギャリー達に突っ込んだのだ。車は大破。幸運にも、二人とも全身打撲だけで助かった。スージーは、足の親指が潰れた。義足と潰れた親指では、当分歩くことも出来ないが、それで済んだのが、むしろ幸運としか言い様がない事故だった。

 ギャリーは、それでも大会に出場して善戦した。退院したスージーからは、電話があった。こんな時に出場出来なくて、と言い、すみません、と日本語で謝った。声が弱かった。

 豪州人の中にも、スージー達のように、日本では過去のものとなりつつある義理と人情の世界に生きているような連中がいる。そんな彼等とのつながりを大切にしたいと思う。

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