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1996年3月号・其の6 COTTAGE ACCOMMODATION
10余年振りのLawncestonは、晴れだった。レンタカーに乗り、エアポートから町に向かうと、すぐに、ズバッと原野を突き抜けるハイウェイに入る。こんな無粋な代物は、以前は無かった。周りの光景に、何一つ思い出す所がない。
昨年の暮、急に思い立って、友人の家族を伴ってタスマニアに来た。私はまったく計画性のない人間で、旅も思い立った時に出る。
予約するのは、行きの飛行便とレンタカーだけだ。気の向くままに動き、太陽の落ちた町で泊まる。友人は、子供二人同伴だったので、万一の為に、タスマニア第一日の夜だけ、10余年前にも泊まった、Penny Royal Villageを予約しておいた。その日空いていた最後の一部屋が幸いにもとれた。
タスマニアの夏は短い。この期間に観光客が集中し、特に我々が訪れた時は正月前後のピークだったので、宿がない。私と妻の二人だけなら、いつも何とかなるものの、6名が一緒に泊まるとなると、難しい。
北部の町、Devonportでも、宿はすべて塞がっていた。ようやく見付けた宿はBed and Breakfast。タスマニア独自の古い建物を、建てられた当時の雰囲気を壊さないように改築し、立派な部屋に仕上げてある。
隅にはポート、暖炉の上側には質の良いアンティークの皿、読書用の大きな机のセットもある。備えてある本は、タスマニアの写真集とか歴史関係等々、宿の主人の心配りが伝わってくる。
朝食は、主人自ら料理して給仕してくれた。その朝の客は、我々のみだった。食器もフルセットのアンティークで、普通ならば食器棚に飾ってあるだけの高価な物を使用している。この宿は、まるで主人の道楽のように思えた。6人の宿泊料金、締めて190ドル也。Devonportは何も無かったけれど、この宿に泊まった経験だけでも、わざわざ遠い距離を走った価値があった。
South Australiaのアデレードから車で2時間程北に走ると、Spencer Gulfの奥まった所にあるPort Pirieという、人口2万程の小奇麗な町に着く。そこの市長が変わり者で、大の空手好き。年に1〜2回、わざわざケインズの私の道場まで稽古に来る。私の門弟の中では唯一の市長である。
その町に行った時、市の歴史保存会が100年程前の肉屋の建物をそっくりそのまま保存改造し、市関係の客を泊める為の宿とした一軒家を、私と妻に使わせてくれた。
重い木のドアを開けると、数脚の椅子とテーブル。客用のカウンター。天井には鉄のレールが敷いてあり、滑車の付いたフックが何本もブラ下がっている。肉を吊していた物だ。壁には、その当時の家族の写真。第一次戦らしい軍服姿の主人と思われる男の肖像もある。
店のすぐ背後が家族の部屋になっていて、リビングには古いピアノ。一部屋はうまく改造して、大きなスパーバス付きの浴室になっていた。果物や朝食も十分に用意してあり、妻と二人では広すぎる、まったくプライベートな素敵な宿だった。
古い家を壊さないで、改造してユニークな宿にする。近代的設備のホテルに泊まるのも良かろうが、時には、時代を通して古今の人間の温かさに触れる思いのするような、こんな宿も楽しい。市のアイディアに感心した。
DenportからBichenoを経て、タスマニアで最初の英国移民の町、Richmondに入る。途路、原野に散在する大小の町を通過してきたが、行く先々で、タスマニア独特の民家の前にCottage Accommodationというサインが目に付いた。
Port Pirieで泊まったような宿ではないかと思っていたので、RichmondではCottageを捜してみたが、全部塞がっている。ところが運よく、泊まり客が出た後をオーナー夫婦が掃除しているCottageにぶつかった。2ベッドルームにリビングとキッチン、広いバスルームと文句なし。
人の良さそうなオーナー夫婦は、色々と説明してくれた後、「Check Outはいつでも。その時はこのテーブルの上に代金を置いてもらいたい」。と何とも大らかなものである。
ちなみに、このCottageの6人の泊まり代は、一晩135ドルだった。Richmondは寒かった。Cottageのすぐ近くに、1826年囚人によって造られた豪州最古の石橋がある。お化けがでるそうだ。その日、12月31日。暖炉に薪を燃やし、その前に皆で座って、暖かく心安らいだ1996年を迎えた。
ケインズに帰って来ると、何とも暑かった。10余年前、タスマニアから帰ってきた時は、そんなに大きな違和感を感じない程、この町はのんびりとした素晴らしいライフスタイルの田舎町だった。
この10年のケインズの変わったこと。古い建物は取り壊し、同じようなスタイルのユニットや店舗、ホテル等にとって変わり、きれいで便利にはなったけれど、何処にでもあるような特徴のない観光地になりつつある。
人間はこれを発展というが、これも逆らいきれない歴史の流れなのだろう。特徴を失いつつあるケインズと、その背後に存在する豪州の国情を考えると、この町が皆が期待しているような第二のハワイにも匹敵する程の観光地には、なり得ないような思いがしてならない。
200年の歴史が温存するタスマニアから帰って来て、何と私はこんなキャラクターのない、町に住んでいたのか、と大きな違和感を覚えた。この町の歴史はわずかに100年。それだからこそ、残された数少ないものを、大切にしてもらいたいと思う。
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