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1996年5月号・其の8 SMOKE FOLLOWS THE BEAUTY

 子供の頃、よく焚き火をした。私は焚き火が好きだった。

 人類の文化の源は、人間が火の利用を知った時にその端を発しているというが、それだからこそ人間は、火や煙に対して、本能的に郷愁めいたものを感じるのかも知れない。煙が一人にまつわりつくと、煙はハンサムに付いて来る、等と言って、その煙たさを我慢したりしたものだ。

 私は今でも焚き火が好きである。時々キャンプに出かける。満天の星の下で、何考える事もなくボンヤリと赤い火を見つめていると、コセコセと生きている自分の毎日がまるで他人事のように思えてくる。

 数人の門弟達とキャンプに出かけた、数年前の事だった。焚き火の煙が一人の男ばかりになびいてゆく。彼は右手で煙をはらいながら「Smoke follows the beauty」。笑いながらそう言った。

 オヤッ、と思った。子供の頃、煙はハンサムに付いてくる、等と言っていたのとまったく同じなのである。これはどういう事なのだろう。

 考えてみれば、このユーモアのセンスは、むしろ、英国系の気取った紳士が、煙たいとは思いながらもその場を動かず、コホンと一つ咳をして、ちょっと顔をしかめながら言うセリフだとすると、実に様になってくる。

 日本人の性格ならば、煙のゆかない方に要領よく、又、控え目にコソッと動き回るように思う。コンチキショー、煙テェナー、と手や足を大袈裟に振り回して文句を言うのは、アメリカ人のイメージだ。

 Smoke follows the beauty, Mate. と大口をたたきながらドカッと座り込み、Australian Saluteよろしく右手で顔の近くを軽く払いながら、左手のビールをラッパ飲みするのは、Aussieの中でもQueenslanderがピッタリだ。

 ちなみに、豪州は放牧の国で、内陸にはハエが多い。顔や目にたかるハエを、お互いに手で追い払いながら話をせねばならず、南部の都市の連中は、その動作を茶化して、豪州人特有の挨拶(Salute)と呼んでいる。

 幕末の頃、徳川幕府は外国士官を招聘して軍の近代化を図り、明治に入って新政府は、陸軍はフランス式、海軍はイギリス式を採用した。当然、かなりの数の英国人がその当時の日本に居住していた訳で、彼等の一挙一動は、現在の我々が想像する以上に、日本人の興味の対象となっていたに違いない。そう考えれば、英国流のユーモアのセンスを日本人が真似して使い始め、そのまま人口に檜炙した可能性は、十分にある。

 豪州人が普通に、今でも使用しているのは、彼等の母国が英国である事に気が付くと、ある程度の説明はつくはずである。そしてこのような物の見方は、私のこじつけである事は分かっているけれど、言葉というものは、一番簡単に伝達される文化なのだ、という事なのだ。

 我々が普通に使っている日本語の言い回しの中にも、SMOKEのような特別の表現から日常会話、そして諺に至るまで、文化の異なる外国で、まったく同じ意味に使用されている言葉は、沢山ある。その異文化の接点は、いつ、何処だったのだろうと考えたりすると、その背後に存在する歴史という大きな流れが、フッと感じられるような思いがして興味深い。

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