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1997年2月号・其の16 MY SPECIAL FRIEND

 ケインズの町は小さい。何処に出かけても、必ず知人に会うか、誰かに話しかけられる。すぐに、誰であったか思い出せる場合は良いのだが、まったく分からない時が、よくある。

 相手が親しそうに話しかけている時に、失礼ですが、お前様は何方でござんしたか、と尋ねるのも悪い気がして、そのまま話し込んでしまう。その内に話の端々で、アッ、比奴だったのか、と思い出してくる。時には、十分以上も話し込み、ワーッと一緒に笑ったりして、結構面白かったのに、別れた後、あれは一体誰だったのか、サッパリ思い出せない時もある。

 つい先日、近所のショッピングセンターで、見知らぬ男に話しかけられた。すぐに、私の道場に来ていた子供の親と分かったが、子供が思い出せない。マリヤ、というイタリア系の名前である。シドニーに行っている、と言う。いつも塞ぎ込んでいて困った子供だ、と聞いた時、頭の中でピン、と弾けるものがあった。あの、マリヤだ。

 3年程も前、マリヤは私の道場に入門した。16歳。変わった女の子だった。自閉症とまでは言えないまでも、その初期症状に近い位塞ぎ込みがひどく、自分にもまったく自信がない。学校でも友人が出来ないし、面白くないので、よく休むらしい。そんな彼女に、私の弟子の一人が、空手が良いから、と無理に誘いかけ、道場に連れてきたのがきっかけだった。

 そのマリヤからの、私宛の手紙を持っている、と男は言う。私に会えるまで、いつも車に入れてあったからと、パーキングまで行って持ってきてくれた。

「お母さんが、お前みたいな女の子とは、一緒に住みたくないから、姉の所に行け、と言うの」まさか、と思ったけれど、20年以上も沢山の子供を指導していると、そのまさかと思うような家庭の事情に、よく出くわす。簡単に子供を手放す親を、いやという程見てきた。

 マリヤがそんな娘だったので、彼女が稽古に来ると、目を配っていた。続くとは思わなかったが、何か彼女の気持ちに合うものがあったのだろう。休まず稽古に来るし、徐々に明るくなってくる。道場の催し物にも積極的に参加する。もう大丈夫だ、と思っていた矢先の事だった。

「アルバイトをしてお金を貯めて、道場のクリスマスパーティーの時には、必ず来ますから」最後の稽古の後、マリヤは私にそう言ってポロポロと泣き、悄然として道場を去った。それから彼女に会っていない。

 男が私に手渡してくれた物は、便りではなかった。マリヤの学校に提出するAssigmentの表紙のコピーだった。自由な研究課題のレポートである。私の娘も、高校の時は、この宿題に苦労していた。

 My Special Friend, Kazue。

 いやに気安いタイトルである。

「私にはとても大切な、特別な人があります。名前はカズエ。私の日本人の空手の先生です。最初に会った時、ビックリしました。大きな逞しい人を想像していたのに、彼は本当に小さく、おまけに頭は少し後退しかけているのです」
 まァ、何という事を書くのだろう。まだ続く。

「彼は痩せていて・・・」私は着痩せするタイプだ。5尺3寸。結構ガッチリしている。

「目はAsian Looking Eye」私は、少々垂れ目の三度笠、お控えなすって、と言いたい事を言いながら、丸い世間を四角に生きている。

「彼は50歳代と聞いたけど、ずっと若く見える」これは、当たり。

「彼は素晴らしく速く動き、ビックリする程のパワーもある」これも、当たり。まだ道場の大男共の、誰にも負けない。

 そして、「彼は何よりも、飲むのが好きです」あなた、ちょっと待って下さい。学校の宿題に、何もそんな事を書く必要はないでしょう。

 どうも私は、色々と誤解される性格のようだ。私は医者がびっくりする程、極めて健康。頭以外に、悪い所なし。食べる事が大好き。何を食べてもうまい。一汗かいた稽古後のビールは特別として、うまい物を食べる時は、食べ物に応じてワインや酒を少し飲むと、食事が一層楽しくなる。うまく食べる為に飲む。

 そういうところ、マリヤや私の弟子たち、知人等は、勘違いしているようだ。それにしても、私の先生は飲むのが好きだ、等と学校のレポートに書くとこなんザァ、豪州の学校らしく面白い。

「センセイは、様々な事を教えてくれました」私の呼称がカズエからセンセイに変わってきた。

「自分自身についても、気が付かなかった事も学びました。他人と同じように、自分もRespectしなければならない事。そしてセンセイは、私に一番大切な事はDisciplineだ、と言いました」これは半信半疑。私がこんな立派な事を言う訳ない。

「いつも話を聞いてくれました。私の支えでした。だから私は彼をSpecial Friendと呼ぶのです」。

 18歳の女の子としては稚拙な文章だった。母親にも好かれず、泣いてケインズを去った少女の心の拠り所は、私の道場だったのだろう。そんな彼女の胸の中に、何かを残してやれた事。空手の先生冥利につきる。


 道場は技を教えるが、技だけに拘わっていると、限界がある。日本の文化を踏まえ、押しつけるのではなく、無意識の内に伝達してゆく稽古のやり方。空手の師範と言えば、日本人社会からは敬遠されるが、そんな日本人が失いつつある日本の心を、青い目の連中にも伝えてやりたい。

 日本に横目を使っている内は駄目だった。連中に溶け込み、自然に動いていると、その中から知らぬ間に、日本の文化への市民権が育ってくる。そんな空手道場でありたい。

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