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1997年4月号・其の18 サメ狩り
道具は簡単。15センチ位の大きな釣り針に、道糸には10番線程度の補強ワイヤーを使用。それを直接、直径1センチ位のロープに結び付け、結び目には大きなブイを取り付けて出来上がり。餌は、大きな魚をそのまま使用する。
31年前、大学卒業と同時に日豪合併の南洋真珠会社に技術員として採用され、豪州北端の地、木曜島分場に配属された。工場は隣島の金曜島にあり、私はそこで9年半働いた。
金曜島は、魚つりの天国だった。仕事が終わると薄暗くなるまで、手造りの桟橋の上から釣りを楽しんだものだ。竿も使用しない糸と釣り針だけのまったく素朴な1本釣りで、丸い手巻きリールをうまく使って1メートル位の魚を釣り上げるには、それなりの腕がいった。
その日もいつものように、70〜80センチ大のカンパチ、1メートル程度のカマスがよく釣れていた。リールをうまく使用しないと、糸との摩擦で手を切られる。飛び上がるほど痛い。大物がかかると、上げるのにかなりの時間が必要だ。
ところがその日、食いがパタッ、と止まってしまった。薄暗くなるまでねばったが、まったく食わない。帰ろうと思い、釣り糸を手繰り込んだ。途中、糸が重くなった。何かを引っ掛けたのだ。魚ではない。大きな流れ藻だった。
腹這いになり、手を伸ばして藻を引き上げようとした時、藻の下側の暗い海の色が少し変わったような気がした。その色がユックリと動いている。目を移した。その色の先端に巨大な頭があった。
サメだ!! それは何とも巨大なサメだった。私が引き上げようとした藻の動きにつられ後からピッタリと付いてきたのだ。
飛び上がった。生まれて初めて目の前で、こんな巨大なサメを見た。おまけに私は水中に手を入れて、藻を掴んだところだった。そのすぐ下側に頭があった。ゾーッとして足にブルブルと震えを感じたのは、その色が不気味なほど静かに、ユックリと遠ざかった後だった。魚の食いが止まった訳が分かった。あの時のサメは、私の周りに入って来たのである。
何ともビックリした。それにしてもだらしがない。サメに飛び上がって足まで震えてしまうとは。そう思うと私のツッパリ根性が頭をもたげてきた。ヨーシ、あ奴を釣ってやれ。
仕事が終わるのを待ちかねて、浮桟橋から仕掛けを放り込んだ。最初の仕掛けはブイを付けなかった。ロープは40メートル程用意した。人の居なくなった仕事場の浮桟橋に寝ころがり、仕掛けに何かが起こるのを待った。
金曜島は日本人技術者以外、無人の島だった。労力に雇用していた島民達は、毎朝小舟で木曜島から通ってくる。横になっていると、夕日に染まった木曜島の町が見える。1日目、当たりなし。
2日目。待つだけでは退屈なので、浮桟橋の陸に近い浅い所で、小魚を釣る事にした。せいぜい30センチ位の魚がよく釣れる。入れ食いなので結構面白い。座り込んで小魚釣りに熱中していた時、横に置いていたロープがホンの少し、ズルッ、と動いた。ソーラ、おいでなすった。
ところがその後まったく動かない。風か波のせいかと思った。小魚用の釣り糸を握りなおした時、又ロープが、ズルッ。来ている!! 腰を浮かしロープを見つめた。コイル状にしていたロープがジワリ、と解けていく、と思ったら、スルスルと水中に伸び始めた。
もう少し待て、待てよ。よく食わせてからだ。ワクワクしてきた。コイルの半分も引き込まれただろうか。ロープに飛びつくと、思いきり引き込んだ。ガッと大きな手応えがあった。と感じたら、ガクン、と引き込まれ、両手でロープを握りしめた。
体が前に引かれる。腰を落とす。そのままズルズルと浮桟橋の端まで引きずられた。海の中に引き込まれるのではないかという恐怖心が、体を思いきり後に反らせ、まるで綱引きでもするようにロープを引いた。途端、フッとロープが軽くなり、勢い余って尻餅をついた私は、急いでロープを手繰った。
その時以来、数えきれない程のサメを釣り上げた。現在金曜島養殖場を継続している私の友人はまったく器用な男で、料理もうまい。釣り上げたサメのヒレを集めて、自家製のフカヒレスープを作ったり、身はテンプラやサッと茹でて冷やし、酢ミソで食べたりした。
私は居合を稽古していたので、大きなサメは刀の試し斬りに使用した。生身を斬ると、本当の刀の使い方が体で分かる。今まで釣り上げた一番大きなサメは、昨年上げた4メートルの人食いザメ、タイガーシャーク。男5人で陸上に引き上げられず、トラクターで上げた。
サメを釣っても危ないだけで、何の為にもならない。どうしてそんな馬鹿なことをするのですか、と問う日本人がいた。杓子定規に生きるのも人生ならば、私のように子供みたいな馬鹿な事をやりながら生きるのも又、人生。人間、時には意味のない馬鹿な事をやってみるのも、一興。馬鹿をすると妙に気持ちに余裕が出てくるものだ。
人間に嫌われ、恐れられるばかりだったサメも、最近ではサメの軟骨が人間の関節の手術に使用できることが分かり、豪州北部のカーペンタリア湾では、それ専門の漁船が大量に釣り上げているという。サメの軟骨を体に入れ元気に陸上を歩き回る人間が普通に見られる日も、そう遠くはない。
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