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1997年7月号・其の21 ケインズ良いとこ

「君、外国への投資はね。金を入れるだけでは駄目なんだよ。地元の人々の生活を考え、いかに地元と共存していくか。これが大事なんだよ」

 日本がケインズへの投資を開始する前だ。ある企業の社長が視察に来る。私はその時夕食に招待され、初対面の社長の前に座らされた。私には日本で偉い人とか有名な人、という感覚はない。日本とほとんど接触がなく、いつも一人で空手を通した生き方をしてきたからだろう。

 ケインズが爆発的に日本人観光客の対象になってきたのは、丁度10年前である。それまでは、とてものんびりした素晴らしいライフスタイルがあり、現在のように便利ではなかったけれど、市民にとって気持ちのゆとりのある生活だったと思う。

 私の友人に、ケインズポリスの銃器指導教官をやっている男がいた。何か面白い事件があると、いつもパトカーでやってきて、お茶を飲みながらだべって行く。ポリスもこの頃はのんびりしていたようだ。その日もニヤニヤしながらやって来た。

 Mulgrave RoadのKマートが建つ前の頃だから、もう10数年前になる。あの辺りは草っぱらで、現在の排水溝の位置に小さなクリークが流れていた。ある夜、慌てた男の声でポリスに電話があり、そこでワニに食いつかれたという。半信半疑ながら、一応現場に向かったものの何もない。男は足から少し出血していたが酔っているので、多分転んだかどこかで引っ掛けた傷で、ゴアナをワニとでも見違えたのだろう。人騒がせな、と大笑いになった。

「ところがセンセイ」彼も楽しくてたまらない様子である。その翌日、何と、かなりの大きさのワニが、道路の真ん中にノソノソ出てきたから、みつけた老婆は飛び上がった。サァ大変、ワニはやはり本当だったんだ、と大騒ぎになった。それにしてもケインズの真ん中にワニが出た、という話は、その当時のこの町を象徴するような話で、私は大切にしている。ワニに食いつかれた男はしばらくの間、その話で町の人気者だった。

 そんなケインズの急速な変化。直行便は飛躍的に増加し、知らぬ間に様々な日本人のビジネスが入り込んで来る。良いとなると後先考えずに儲けようとするのは日本人の性格だ。

 観光客というものは、ある面ではとても我が儘な面を持っている。高い金を出して遊びに来るのだから、当然の事だ。何か一つ不満を感じると、旅という解放感があるだけに、汚点として残る。急速に発展したという事は、反面、充分な受け入れ体制が出来ていなかった、という事にもなる。

 マスコミを通した誇大広告がこれに拍車をかける。私もよく気が向くと旅に出る。気ままな旅だけに、一つ汚点を感じると、その場所が未知であっただけに、もう一度戻って行く気にはならないし、人に推薦しようとも思わない。そして観光都市のイメージを売る割には、観光そのものに認識不足の豪州人と都市計画の貧しい市議会のやり方、サービスの悪さは何とかしようにも大きな障害になり得る。

 日本の観光業者は、陽気なオージー、というイメージを売ろうとするが、確かにそういう面も親切な面もある。しかし少し深く入ると、彼らは徹底した個人主義者である事も分かってくる。長期展望型ではないのは日本人と同じ。個人主義というものは、他人の為のQualityをあまり気にしないもので、ビジネスのパートナーとか雇用する場合、最初の内は良いけれど、徐々に何とも使いづらい部類の人種になってくる。

 おまけに豪州人の人種的プライドは相当に高いし、我々の理解の範囲を越える部分もある。平気で嘘をつき、約束は簡単に破ってしまうけれど、外面は笑顔や御世辞で飾っていても、腹の中では何を考えているのか分からない社交上手の日本人より、はるかに人間的な面も多い。

 サービスという習慣のない豪州人に文句を言う前に、それを日本人の習慣として指導しなければならないのは、金を投資した日本人である。

 Qualityの感覚も又同じ。最近の観光業の低迷は、勿論景気の悪さにもよるだろうが、急激に発展したケインズの背後にある現実と誇大宣伝によるイメージの差が、客一人一人の僅かな不満の飽和状態に近くなり、一度行ったら十分、という観光地としては致命的な印象が生まれ始めているのではないか。

 日本人と豪州人の性格、そしてケインズの立地条件を考えると、この町が第二のハワイにも匹敵するような観光地には絶対になり得ない。ケインズはこれからもまだ落ちる、と私は思う。止めようがない。落ちるところまで落ちれば良い。良い薬になる。

 自然の淘汰の後、残った者がケインズの良さは何であるのか、それを十分に理解した上でのきめこまやかな気持ちのあるサービスに結び付けてもたいたい。住み着いている日本人も、日本人同士で固まらないで、サークル活動その他、もっともっと地元に入ってゆく事だ。そんな小さな努力は必ず評価されてくる。日本企業の社長が私に言った言葉が、ただの空論として終わらないよう、考える時期にも来ている。

 ケインズに行くと何だかホッとするね。こんなイメージが創れませんか。このケインズの良さを良心的にじっくりと売り出す事が、ひいてはケインズを貴重な観光地として育てる原動力ともならないか。

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