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1997年8月号・其の22 ケブン
「どうやってケインズまで持って帰るのよ」
旅をすると、ポックリ変わった物に巡り合う時がある。私はいつも普通の人が興味を示さないような妙な物を購入するので、すっかり慣れている筈の妻でさえも、それには抵抗を示した。
「タオルでくるんで、スーツケースの中に入れとけばいいだろ」
大きさは長さ約60センチ程度。かなり重い。何とかスーツケースに隠せそうだ。「娘はカンタスで働いているんですよ。こんな物見つかったら大変でしょう」。
豪州は広い。市や町も百キロ単位の間隔で散在している。のんびり旅をするには、車が最適の環境だ。ケインズからは遠すぎるので、目的地まで飛行機で行き、そこからレンタカーを利用して好きなように走る。予定を立てない。そんな旅をいつもする。
この前メルボルンに行った時だ。アデレードまで車で行ってみよう、と思った。まず北上して、15年程前に行ったBallaratを再訪して一泊。豪州で最初の人民による反政府運動発祥の地として有名である。
そこから西へ百キロ程のAraratに抜ける。田舎町の古いパブでのんびりビールを飲んでいたら、又一泊する羽目になる。この気ままさがいい。
翌日Grampians国立公園の景観を楽しんで海辺の町Geelongに下り、そこから海岸線を走る。Warranamboolというちょっとした町で、日が暮れた。宿がない。どのモーテルもNo Vacancy。あるモーテルの受け付けの女の子がとても親切で、あちこち電話を掛けて捜してくれたら、その町より1時間程離れた山中に入ったTerangという小さな町に、1部屋だけあった。
着いたら10時。走り込みでビールが買えた。食べる所がない。幸いにもAraratのスーパーで購入していた安物のカップヌードルがあった。それとビールの大御馳走。とにかく夜露がしのげるのは有難い。
その日は5百キロを走る。翌朝、明るい朝の光の中でこの町をよく見ると、えらい所に泊まったものだ、と思った。その日12月31日。大晦日はHamiltonで迎えた。ウールの町である。だだっ広いチャイニーズレストランに行くと、客は1組のグループと私達のみ。食事もまずかった。
明けて1月1日。新しい年の中を一走り、Mt. Gambierに入る。小奇麗な町である。昔は立派だったろうと思えるドッシリとした古いパブがあり、そこでお屠蘇代わりにビールを飲みながらカウンターランチをとる。安い割にはうまかった。
ホロ酔い気分でどこまでも広がる小麦畑の中を走る。クイーンズランド州とはまったく違ったBLACK BOY(植物)が道路に沿って繁殖している。写真を撮る為に近づいてみると、無数のカタツムリがくっ付いていた。
Naracoorteという、バンと町の真ん中を一直線に走る大通りの両側だけに発達したような町に入る。町の入口に小さな公園があり、無人のテントがあった。お茶の設備がしてある。サインが見える。旅人と御自由に飲みなされ。ケチな豪州人にしては、なかなか粋な事をする、と気分が良くなった。
正月だけに店は全部閉まっていた。と思ったら、一軒だけ開いていた。それがアンティークショップ。西部劇に出てくるような構えの店に入ってみると、誰もいない。ザッと見渡しても大した物はありそうもないし、値段も都会並みに高い。
豪州中のアンティークショップに入ってみたが、値段的には何処もほとんど均一しており、掘り出し物が見つかるような時代ではなくなってきたのは寂しい。
いや、一つ妙な物、があった。それは太い柱の内側に、無造作にブラ下げてあった。黒光りしている、爆弾、である。手に取ってみると、少し凹みがあるものの、保存状態がすこぶる良い。尾の部分はブリキ、胴体もそれと同様の材料らしく、いかにも原始的な感じがする。第一次世界大戦に使用されたBOMB、とある。私は爆弾にはあまり詳しくないが、航空機投下用弾である事は明らかだった。
珍しい。勿論、信管は抜いてある。120ドルなり。店主らしい男が出てきて、見慣れない日本人が爆弾をいじくり回しているのを見ると、第二次世界大戦の続編を見ているような顔をした。
欲しくなった。買おうと思ったが、私の顔色を読んだ妻、「そんな物、何するの」色々と反対する。「第一、どうやって飛行機の中に持ち込むの」それもある。しぶしぶ店を出た。西部劇の町を通り抜けた。気になって仕方がない。Uターンして引き返した。男は再び戻って来た私を見ると、日豪親善の見本のようにニコニコと笑った。値切って、爆弾一発100ドルなり。妻は、もうしょうがないや、という顔をしている。
「よくそんな物、スーツケースの中に入れて通りましたな」
ケインズエアポートのJALマネージャーだった私の友人が、頭を振りながらそう言って感心した。爆弾は手荷物にこそしなかったが、レントゲン検査のある時に、よくケインズまで無事着いた、と思った事だった。
2年前、ケインズの市長選がある前だった。その時の市長、ケブン・バーンズは私の道場の良き後援者で、切れ者の良識のある素晴らしい市長だった。立った相手は長年ケインズ市政の古狸。選挙戦で苦戦しているケブンを励まそうと、私の家に招待した事があった。その時、南オーストラリアで見つけた爆弾の話をした。大笑い。見たいというケブンに爆弾を見せた。
矯めつ眺めつ、見ていた彼が、
「これは第二次世界大戦の時の爆弾だよ」
ホラ、と言いながら彼が指さした箇所を見ると、今まで気が付かなかったが、1941、と微かなスタンプ年号が入っていた。第二次戦の豪州軍の爆弾だった。そのケブンは、残念ながら落選。市民の良識を疑った。
現在彼はニューギニア政府の観光相である。現在の市長になって2年。今のケインズは、市長と市議会のやり放題だ。市民の声はまったく通らない。豪州人は物を考えない、目先の狭い固い頭の連中が多い。その市民も、投票した市長がようやく彼等の見方ではない、という事がハッキリと分かってきた。遅すぎる。
新市長の任期は5年。昨日の新聞の投書欄を読むと、後3年の辛抱だ。市民の悲痛な声が載っていた。3年は何とも長すぎる。ケブンの顔をよく思い出すこの頃だ。
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