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1998年1月号・其の27 生き様

「私の廻し蹴りは2 1/2 10 位になりましたよ」

 1年前は10分の2であったのが、今では2 1/2になった。ホンの少し上達したというケン、からの便りである。市の合併問題の為に、様々な難題を控えて忙しい毎日であるにかかわらず、
「今年中で稽古をしなかったのは、1週間だけです」
それも背中の筋肉痛で出来なかった、と言う。その稽古も、小学校の小さな体育館を週3回、年間契約をして借用し、私から習った技を1人で稽古しているのである。

「私のパートナーは、10ヶ月前に市を出て行きました」

 地味な空手の稽古を、休まずにコツコツと継続するには、余程の意志力と気力がなければ出来るものではない。

 ケン・マディガン、それも66歳。South AustraliaのアデレードからSpencer Gulfに沿って北へ2時間、人口3万のこじんまりとした美しい町、Port Pirieの市長である。市長という要職にありながら、彼の年で、時々私が指導した技を、年間を通して1人で稽古を続けているケン。出来る事ではない。

 2年前、Port Pirieに行った時は、ケンと一緒にワインで有名なVarossa Valleyで遊んだ。ケンは大のワイン党で、なかなかの通である。私はアルコールは、ビールと酒とワインしか飲まない。それで十分だ、と妻は言うけれど、ワインクラブに長年所属している位、ワインは大好きだ。

 豪州にはなかなか良い隠れたワインが沢山ある。我が家には常時100本以上のワインを寝かせてあり、食事に応じていつでもボトルの栓を抜く。昼夜もない。新しい銘柄の中から、偶然に自分の好みに合ったワインを見付けた時は、食事がさらに美味しくなる。

 ケンと多くのWineryを回った。よく知っている親しみのある名前が次々と出てくる。Orland, Krondorf, Yalumba, Penfolds, Seppelts。行く先々で無料のWine Tastingをしていたら、結構効いてきた。

 ケンの話はワインか空手。あの技はこうだ、ああだ、とうるさい程聞いてきて、最後には立ち上がって突いたり蹴ったり。私も釣られて、2人で何処でも空手の稽古。50歳も過ぎた日本人と60歳以上のオージーの妙な組み合わせが、ワイングラスを傍らに置いて空手をやっているのだから、奇異な目で見られてしまう。

 私の道場には50歳以上の生徒がかなりいるが、60歳以上となるとケンと他に2人だけだ。3人共素晴らしい人柄の生徒である。空手の腕は別として、空手という日本の稽古事を、自分の人生の中に組み入れてしまっているその熱心さと気力。

 その中の1人オスカーは、20年前イニスフェイル支部に入門して現在67歳。支部道場で2回稽古し、週1回は必ず100キロもの道をドライブして、ケインズの私の本部道場まで稽古にやってくる。それも1日の仕事を終えた後である。こういうキャラクターは、まずは日本人の50代以上にはいない。

 日本人は30歳も過ぎると、妙にちまちまと年齢の枠の中に入ってしまう。空手のような特異な事に興味を持ち、やってみようと考えるような、いわゆる日本的常識の枠からはみ出すような人間像は珍しい。ましてや会社勤めの人間では皆無に近い。運動は気軽に出来るゴルフ。海外勤務中の与えられた時間と会社の特典を最大限に楽しみ、社交辞令によるそつのない付き合い。

 私とは全く違った価値観の中に生きている人達だけれど、日本の会社という縦の組織は、こういう人達がいてこそ成り立っているのだろう。どんな良い会社にいても、定年になればお払い箱。その時にこの人達は、自分の過ごしてきた人生に対して、どう思うのだろう。

 私はこのような生き方は真っ平だ。だから会社を辞め、自分の意志で生きるため好きな空手の道場を開いた。金にはあまり縁がないけれど、ケンやオスカーのような人間味あふれる良い門弟と、体が動かなくなるまで好きな事をやって自由に生きれる生き様がある。人生というものは、与えられる物ではなく、自分が自分の生き様を通して形づくってゆくその過程を言うのだろう。

「私の今のAmbition(熱望)は、1週間でもいいからセンセイの道場に行く事です。1人で稽古を続けられる、そのコツが知りたい」

 私の体が思うように動き、一番速く動けたのは、私が47歳の時だった。近年は肩と膝の故障で少しスピードは落ちたものの、その時に見えなかったものが少し見えてきたように思う。

 ケンやオスカーには刺激される。私が彼等の歳になるまで後10年。それまでには何といっても前進しなければ、彼等の気持ちに報いてやれないような気がする。歳をとって、空手が面白くなってきた。そう思える自分を、幸せだと思っている。

「いつもセンセイと奥様の事を思っています。一緒にいて楽しかった。私がどんなに嬉しかったか、その気持ちを知ってもらいたい」

 ケンが来年ケインズに来れなかったら、久しぶりにPort Pirieに行ってやろう、と考えている。

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