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1998年2月号・其の28 保護という名の差別

 生まれてこの方、あんな光景を見た事がない。人間が長い年月をかけて築き上げた大都市というものが、あんなにも脆く崩壊してしまうものだろうか。

 その日はあいにく、いや、幸いにも日曜日だった。市中にたむろしている黒人達の数がまばらである。

「週末は、車の運転も出来ない程の雑踏ですよ」

 その時にもう一度来たい、と言うと「とんでもない。車に乗っていても、無事にここを出られませんよ。囲まれたら終わりですぜ。それに連中、今頃はこれを待ってますしね」そう言いながらジムは片手をハンドルから離し、人差し指を拳銃の銃身のように突き出した。

 昨年の12月13日。道場のPresentation Nightも多数の参加で無事終了。97年も何とか終わったか、と思うと、急に何処かに行きたくなった。少し遠くへ行こうか。それならアフリカはどうだ。カンタスで働いている娘に言うと、1週間後のチケットが取れた。行けば何とかなるベェ、といつもの事ながら、予定も立てずにJohannas Bergに飛んだ。

 市の中心部と思われる場所に来た。歴史を感じさせる立派なビルの入口には、どれもLEASEのサイン。中には窓という窓から、汚れた衣類が垂れ下がったビルもある。

「危なくて、白人達はとっくにこの町を出ていきましたぜ。こんなサイン出しても、借りてなんぞありゃしネェ。Johannas Bergは、もう"Caputt" (駄目だ、終わりというスラング)」

 ジムは私が泊まったゲストハウスの主人で、Johannas Bergは危ない、と聞いていたので、宿だけは娘が確保してくれていた。タクシーに乗ったら変な場所に連れ込まれ、身ぐるみ剥がされてしまった、という話は、まったく当たり前に起こる。私がジムと待っている間でさえも、何人ものタクシー運転手がしつこく付きまとった。

 アフリカは内乱の国である。特に北部から中央部にかけて、世界でも最も危険な地域という。内乱で住む場所を追われた人々は、まだ比較的安全とされている南部に移動する。勿論、不法入国。その数は凡そ

「5百万人でっせ」

 その中でもかなりの人数がJohannas Bergに流れ込んできたものの、職もなければ住む所もない。それでも人間、食わなければならぬ。犯罪に走るのは、自然の結果だったのだろう。

「俺達白人が、黒人を指導出来た時代は、もう終わったよ。今じゃ、道路に落としたゴミを注意しても"Racist"と噛み付かれて、まったく何もできネェ」

 アフリカの自然は素晴らしかった。私の旅は時間を忘れて自由に動き、日が落ちた町で泊まる。予定を立て時間で動くのは、旅ではない。見学だ。自由であり妻と二人だけだったので、何回かいやな目にも会った。生きる為、金を得る為には何でもやらねばならない人々。これからのアフリカは、まだまだ悪くなるような気がする。世界は一つ、なんていう言葉が、まるで絵空事のように響くアフリカの人種問題を、膚で感じてきた。

 動かなければ食えない。盗みをしてでも生きてゆかねばならないアフリカの黒人に比較して、豪州の黒人達は、何とも正反対な立場である事か。

 ところで、黒人、というのは、差別用語だそうだ。色の黒い人、とでも言えばいいのか。国名を言え、という。それならばアフリカ人だって、色の黒いのも白いのもいる。日本では、女や婦人、というのも駄目で、女性、と言わなければならないそうだ。冗談じゃネェ。そんなくだらぬ事を細々言ってる人間こそ、むしろ差別という意識を心の奥底に持っている人間ではないか。

 豪州でも1966年までは、黒人はパブに入れなかった。連中はよくメチルアルコールをオレンジコーディアルに混ぜて飲んでいたものだ。私も黒人のパーティーで飲まされた事がある。結構飲みやすい。後で、目が散った。

 15年程も前、労働党が政権を握って以来、政府の黒人対策は少々度が過ぎたものになってくる。手当はまったく簡単。ローンも額により無利子か低利子。家も政府が建ててくれる。大学を卒業すると就職保証。都市の学校に行くと、飛行機代は無料。スポーツグループの試合遠征も、黒人選手は政府支給。勿論、白人は自己負担。その他エーッ、と驚くような特典が、ズラリと並んでいる。

 一見黒人達を保護しているようで、これはむしろ差別ではないか。人間、白も黒も黄色もない。良いものがいれば、どうしようもないボロもいる。平等なんていうのは理想論で、現実にはあり得ない。人間というプライドを持ってキチンと生きていたら、その能力に応じて、社会の中では何とかなるものだ。ボロはボロで仕方がない。放っとけばいい。個人の人間性と能力に応じて自然に生きれたら、それはそれで理想の社会に近いのかも知れない。

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