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1998年4月号・其の30 小池邦夫の残したもの

 私が豪州で空手の指導を始めて33年。プロになってから23年になる。特に子供のクラスは、ベテラン教師のように、子供の気質の変化を膚で感じながら指導を続けてきた。以前の豪州は、本当に素晴らしい国だった。自由の中に節度もあり、国民はのびのびと張りのある生活を楽しんでいた。

 15年位前、それまで続いていた国民党政権が労働党に取って替った。この政党は湯水のように金を使って社会保障を増進する。失業や離婚等で簡単に支給される手当ては、国民から働く意欲をそぎ落とし、雪だるま式に国の借金は増加した。

 金が要るから税務署は国民全部に税番号を付ける。私生活の面でも少しづつ、国民の自由を束縛する法律が、知らぬ間に入り込んできた。学校教育も又、例外ではなかった。

 子供の自主性と人権を重んじる教育方針。一見、日本人好みの制度に思える。先生は子供への叱責の禁止。声を荒げるのも駄目。体罰は勿論厳禁。何事も子供と討論の上、実行する。何の事ない、物事の是非もよく分からない子供達を、甘やかせているだけではないか。

 必要以上の保護は子供を増長させ、我がままで尊敬心もなく、集中力の欠如した自己本位の子供を育ててしまう。現在の教育方針は、技術的理論的に進歩したのかも知れないが、人間として一番大切な性格形成に重点を置き忘れた教育の結果は、今の子供達がよく証明しているとは思わないか。


 絵手紙作家の小池邦夫がケインズに来た。昨年の11月である。材料全部小池持ちで、絵手紙の講習会を開く。1日目は午前と午後の2回。2日目はその上に夜の部を加えた3回、計5回の強行軍である。

 外国での日本文化の講習会は、どうしても言葉というハンディが伴うので、クラス編成には気を使った。普通の会話ならともかく、専門的な絵手紙の持ち味を、白紙状態の豪州人にうまく伝えなければならない。第1回目は、小池自身を豪州の雰囲気に慣れさせる為、日本人のみを対象とした。40名。これはもう小池の独壇場で良いウォーミングアップになり、好評の内に終了。

 午後は場所を変え、ケインズ市が無料で提供してくれた市のギャラリーの一室を使用。地元豪州人のみを対象とした。参加者全員、初めての日本文化に接する訳である。

 私は1回目の講習で少し要領が分かったので、時々へたな伊予弁の英語で通訳をかって出た。ポイントとしては、手紙というよりむしろ、カード文化である豪州人に、いかに絵手紙の持つ普遍性を知らせるか。なぜあの独特の線が必要なのか。あのあっさりとして手早い日本画風の色の付け方の意味は何なのか。

 2日目の午前中はハイスクールのクラス。長年の空手指導で特にここ10年、子供の質が毎年低下してきているのを感じている。公立のハイスクールには、以前授業の一環として空手指導に毎週出かけていたが、もう二度と行きたくない。とてもじゃないが、絵手紙の講習等出来る質ではない。私立の、ケインズでも一応良い仕付けをしていると評判の学校を選んだ。

「コリャ駄目だ<br> v
 何とか静かだったのは最初の数分のみ。生徒が皆悪い訳ではないけれど、25名のクラスの3分の1程は、私語はする。私達の話を聞かないで、すぐに筆で遊び始める。勝手に席を立って、廊下の他のクラスの生徒と話し始めた子には飽きれてしまった。おまけにこれは女の子のクラスである。その場にいる先生は、見てもまったく無視。一言も注意をしようとしなかった。

 一喝かませてやろうかと喉まで出かかっていたが、すれば法律違反。学校の責任になると思うし、小池にもいやな思いをさせる事になる。珍しく我慢した。私が教師なら、現在の馬鹿馬鹿しい法律の下で、1日でもこんな子供達を受け持つのは、真っ平御免である。

 私の知っていた数人の、本当に教育熱心な良い先生が、次々と教職を去っていったのもよく分かると思った。評判の学校でさえ、この有様なのである。

 残る2回の講習は、小池も徐々に慣れてきて、全部好評の内に終了した。学校での講習だけが何とも心残りで、豪州が好きで日本の国籍まで捨てた私には、恥ずかしい限りだった。

 小池が去った後、妻が絵手紙を始めた。前々から絵を習いたい、と言っていた彼女だが、ケインズのような田舎では良い先生もいず、それが小池の来訪で一挙に開いたのだろう。暇があると筆を取っている。良い事だと思い、横から眺めているだけだが、絵は見る見る内にうまくなったようだ。文が硬い。これは性格のようだ。その内くだけてくると、彼女の絵手紙が書けるのだろう。

 私の道場にも、何人かの日本人の子供が稽古に来る。皆、良い子である。
「絵手紙を書いたよ」

 走り込んできた女の子がいた。つい数日前の事だ。この子は最近、特にしっかりしてきた。両親がしっかりしているので、性格の仕付けの基礎が出来ている。妻と絵手紙の見比べっこをしている。子供の絵手紙は自然で良い。
「そのキャベツ、よく描けてるナー」
「センセイ、これはブドウだよ」
 こんなところに小池の蒔いた小さな種が育っている。

 ブリスベンの日本人会に、何人かの親しい人達がいる。絵手紙ブリスベン講習の手を打っていたところ、反応があった。この人ならば、という責任者も決ったようだ。後は小池次第。シドニーオリンピック絵手紙展への、もう一歩にならないか。講習会の後、Sunshine Coastの高原の町、Montvilleに上がって一泊。小池とゆっくりビールを飲むのも悪くないナ、と私はそっちの方を楽しみにしている。

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