|
1998年7月号・其の32 MUD RUN
「トレバーの決勝戦は、素晴らしかったですよ」
相手に一本も取らせず、5ポイントをリードして、制限時間が切れる間際に目の覚めるような顔面への廻し蹴りを、ピシッ、と極めたそうだ。参加選手1800人。5月26日から5日間、アジアから7ヶ国の参加で、ネパールのカトマンズにおいて開催された国際青少年空手道選手権大会である。
何でネパールで、と思うかも知れないけれど、ネパールの空手人工は凄い。現在50万というから、全人口の3%近くに当たる。驚異的な数字である。その為政府が後押しして、120名程の指導者層には給料を支給し、空手を学びたい者は、稽古着さえ自分で都合出来れば、何とか無料で稽古が出来る。
その稽古着さえも自分で作る程貧乏な国なのに、空手をやっている若者達の素直さ、真剣な態度には、思わずハッとする。日本人や豪州人が、とっくの昔に忘れ去ってしまったものが、ネパールには普通にある。贅沢に慣れ、自分の利益や権利のみを主張し、物質は豊かでも心の貧しい夢のない生き方をしている人間の、何と多い事か。
私は昨年、ネパールオリンピック委員会の招待で、ネパールの空手の視察に行った。その結果が今年の国際試合への招待につながった。ネパールの空手は、蹴り技が凄い。テクニカルな蹴りではないが、ストレートの強い蹴りがそのままビンビン来る。その割に手技が悪い。蹴りの合い間を読んで手技をうまく使うと、勝てる可能性は十分にある、と思い、豪州では初めてのネパールへの選手を送る事にした。
試合は5日間。高山の気候に慣れさす為に、10日間は必要になる。成人男女の大会ではないので、15歳から19歳までの男女4名を選び、手技と、女の子には型も特別に稽古させた。豪州代表としての試合だから、見苦しい負け方をしない限り力一杯戦えば、それなりに彼達の空手に経験という重さを乗せる事が出来る。
結果はオープン戦で1位と3位。65〜70Lクラスで1位。女子はオープン1位と型1位。4人で4個のゴールドと1個のブロンズメダルの快挙になった。大会開催地のカトマンズでは、彼等はヒーロー扱いで、何処に行っても彼等と一緒に写真を撮りたい、という人達が後を絶たなかったという。
選手を送る一番の問題は費用である。道場としては、何とか少しでも彼等の費用の負担を軽くする為、色々なファンクションを計画したり、ラフル等をして少しでもお金を貯めた。ネパール人は親切だ。私の知っている多くの人達が、彼等の世話をしてくれるに違いない。そんな時の御礼の品々や、ネパール連盟へのプラークも持たさねばならない。こんな雑費だけでもかなりの額になり、道場生が協力して集めた小金は、何とかそれらの費用をカバーするだけだった。
私の道場には、沢山の子供達が稽古に来る。どうしようもない子供も多いけれど、稽古に来ているうちに少しづつしっかりして来るのが、私のやり甲斐である。日本でならば先生となれば、年をとっても指導しているだけで十分感謝されるが、外国では生徒と一緒に動ける先生でなければ、生徒が付いて来ない。私は今、56歳。まだ生徒よりも動ける自信はあるが、年齢には勝てない時がすぐ来る。30年以上も指導して来たので、道場を閉鎖する前に、私の楽しみの為のクラスを編成しようと考えている。
毎日の子供のクラスの1クラスをキャンセルし、誰でもという訳ではなく、レベルは違ってもいいから能力のある子供を選んで、試合中心の稽古をつける。そしてチャンスがあるたびに、豪州大会、日本、その他の外国で、思いっきり試合をさせてみたい。子供には目標を与えるのみならず、遠征によって経験を豊かにさせ、人生へのやる気と自信をつけさせてやりたい。
ここで又、費用の問題に突き当たる。1人の子供をブリスベンの州大会に出させるだけでも、600ドルの金が必要となる。小さなラフル等をやっていたのでは、まったく焼け石に水である。道場関係者のみならず、ケインズの一般市民も含めて楽しめるようなFundraisingはないものか。
ジョーという女性の門弟がいる。トラベル関係で長年働いていたベテランで、結構アイディアはあるし、顔も広い。FUN RUNはどうか、という事になった。エスプラナーダの全長2.5キロ(片道)を市より借用し、ポリスの協力で1時交通を遮断。参加者の市民は、全コースを歩くなり走るなり好きなようにして自分のペースで運動する。
スタート地点には、一般観光客用や直接運動に参加しない人々に為に、エンターテイメント、クラフト等のストールを集め、バザールのような形式にする。完走した人々には、色々なスポンサーによる景品のクジ引きもある。うまく人が集まれば、沈滞気味のケインズの町に、少しでも活気を与える事も可能だ。
ケインズ市、ケインズポスト、チャンネル10、4CA等もひどく乗り気で、十分のサポートをしてくれる事になった。FUN RUNのタイトルは、エスプラナーダの海岸は泥地なので、名付けてMUD RUN。成功すればケインズの年中行事に取り入れてもらう。
ケインズには日本人も多い。日本人会もある。外地における日本人会の意義は、我々日本人は他人の国で間借人のように住ませてもらっているのだから、日本人同志の利益のみならず、日本という文化を通しての地元への貢献をしてこそ、その存在価値があるのだと思う。
私は地味ながら、空手を通してそれを心がけている。地元に認めてもらうという問題ではなく、外地に住む日本人としてのプライドでもある。これからケインズでの日本人関係のビジネスは、まだまだ厳しくなる。こんな時だからこそ、頑張りたい。MUD RUNへの日本人関係者多数の参加を期待し、日本人を盛り上げてもらいたいと思う。
|