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1998年9月号・其の33 〜終戦記念日に寄せて〜しゃれこうべの歌
「また、変な物を買うんじゃないでしょうね」車のドアを開けて出かかった私に、助手席の妻が背中から声をかけた。
「あヽ」生返事を残して外に出ると、その男の家は、うっそうと繁る大きなマンゴウの木に、屋根を突き合わせているようなクイーンズランダーだった。
私の家には、まったく様々なタイプの電話がかかってくる。一番多いのが当然、空手関係。寄付依頼やいたずらも結構多い。時々、ポロリと電話口から物がこぼれるように、私の集めている日本刀や旧日本帝国陸軍空軍の遺品が出てくる。
「ジャパニーズのBattle Flagを持っているんだけどね」
第二次大戦中の日の丸寄せ書きの事だ。男の店はケインズの町のド真ん中、世界の各地から少し変わった安物をガラガラと集めた、小さいながらキャラクターのある店だった。日本軍将兵諸君、と縦書きに、日の丸の下側には横に、パリックパン、と墨書してある。パリックパンはボルネオの町の名前である。とすると、この旗は日本軍が東南アジアに進出した大戦の初期、パリックパンの町民が恭順の意を表わす為に作った旗、と見るのが妥当だろう。
ボルネオには豪州軍もその後進駐し、最終的には日本軍は豪州軍に降伏する。旗には血痕がなくきれいなので、その時に豪州軍により没収された物の中に入っていたのかも知れない。男の言い値より下げさせて購入。店を出かかった私に、「面白い物が手に入る予定ですぜ」。
いかにも内緒ですよ、と言いたげに声を落とし、呼び止めた。いぶかる私に、ちょっと間をおいて、「ジャパニーズのSKULL(頭がいこつ)」。
どこで見つけた、と聞くと、ニューギニアのKokoda Trailの近くという。そこならば豪州軍との激戦地である。その付近のハイランドの部族は、ジャングルの中から日本兵の頭がいこつを集め、植物性の絵の具のようなもので丁寧に着色し、飾り物にするという。ニューギニアで操業する漁船に隠して、豪州に持ち込んだのだろう。見たい、と思った。
男の家には、私1人が入った。彼は私を待っていたとみえ、すぐに小さなカートンボックスを持ってきた。テーブルの上にソッと置き、目で、開けろ、という。人骨はあまり気持ちの良い物ではない。黄ばんだ紙に包まれていたドクロには、なる程、奇妙な色で彩色してあった。銀色めいた色が多い。こんな色をどうやって出すのだろう。
持ち上げると意外に軽い。右側には鈍器で力まかせに殴ったような小さな穴があった。銃創ではない。パプアのハイランダーは、弓矢やスピア等の手製の武器をうまく使用する。部族間の争いで殺された戦士ではないか、と思ったが、男は違うと言い張って譲らない。部族のドクロには、こんな着色はしない、と言うのだ。ドクロのうつろの眼を見ていると、何となく日本兵のように思えてきて、連れて帰ってやろう、と思った。
「それは何じゃ」ドクロの箱を抱えて車に戻ると、妻が聞く。
「ウン。これは、その、まァ、何と言うか、日本兵の頭じゃ」
この野郎、又、とんでもない物を買ってきやがった、というような顔をして、私を見た。
「ベッドの下なんかには、隠すなよ」
「ハイ!!」私は素直に返事をした。
53回目の終戦記念日、8月15日が過ぎた。私は昭和17年、戦争の勃発した翌年に生まれ、物心ついた頃には終戦になっていた。
米国の占領政策により、それまで絶対とされていた日本の歴史、道徳、伝統文化などが学校教育から廃止され、自国の安全保障を他国に委ねる押しつけられた憲法を民主的な平和憲法として受諾、戦後の日本はスタートした。
米国の政策が日本全土に完全に根付いた頃、米国は日本の独立を日米講和条約で承認する。その腹芸は、何ともすごい国だと思わざるを得ない。日本人の凄まじいばかりの反抗振りを恐れた米国は、日本の精神文化を弱体化し、米国の言いなりになるようなアイデンティティの乏しい植民地的集団をを創り上げれば、日本は二度と世界を相手に喧嘩するような強国にはなり得ない、と踏む。
占領政策の後遺症は、現在では完全に日本を支配し、自国の歴史には批判的、日本という国に住みながら、国旗や国家の排除が民主的であるというような風潮が強く、道徳倫理性はもうまったく地に落ちてしまった。時代の風潮にそぐわないと、すぐに古い、と見る日本人気質が、経済、科学とも高度に発展した今日、半世紀前の押しつけ憲法を金科玉条、そのまま一行も変えずに崇拝使用しているなんザァ、そこまで米国の占領政策が日本の精神文化を腑抜けにしてしまうとは、米国さえも思いもしなかったろう。
私も日本にいたら、こんな事を考えもせずに、あくせくと生きていたかも知れない。豪州に30年以上も在住し、日本とも関係なく、空手を指導しながら豪州人として生きていると、見えなかった日本が少しづつ、見えるようになった。資源のない日本の経済繁栄と平和は、まるで薄氷の上に乗っているようなものだし、日本人は年々日本を捨てて、アイデンティティのない無国籍集団に変わりつつある。
これが歴史の流れというものなのだろうか。
私には母国日本が気になって仕方がない。こんな日本の礎になって死んだのか。死にきれネェなー。しゃれこうべが、つぶやいているように思える。
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