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1999年3月号・其の37 縁
どうも気持ちがスッキリしない。心の何処かに、それ、が引っ掛かっている。一度諦めた物だから、と自分に言い聞かせても、やはり気になって仕方がない。
「エイ!!まだあれば、俺の物だ」
ファックスを送るとすぐに返信があった。アデレードで見てから3週間も経っていたのに、まだ、それ、は、そのまま残っていた。
ファックスが入った。南オーストラリアのケンからである。昨年の暮れの事だ。ケンはPort Pirie市の市長。私の弟子では、唯一の市長である。年に一度は忙しい職務の都合をつけて、ケインズまで稽古に来る。67才。日本人にはまずいないタイプの、特異な人間像である。
ファックスは、日本刀の銘の押型だった。押型というのは、中心(ナカゴ...刀身の柄に入っている部分)に切ってある銘を、ソックリそのまま写し取った物をいう。押型を見ると、刀の良し悪し、時代等がよく分かる。ケンがアデレードのアンティークマーケットで見つけた物らしい。
銘はしっかりと切ってあり、中心の仕立ても丁寧である。表に関住兼藤作。変わった刀工名だ。裏に昭和17年3月。何と、私の誕生刀ではないか。17年2月生まれの私とは、まずほとんど同時にこの世に生をうけた刀である。20年も豪州で日本刀を収集して、初めての一振り。出来れば17年2月の銘が欲しいが、同時期と見ても良いだろう。
「ちょっと遠いナー」と思う。それにアデレードは、過去に3回訪ねている。それでもよく知っていると言っても、高が知れているだろう。Magill Roadのアンティーク街を巡ったり、ポートアデレードをブラブラし、古いパブに入ってぼんやりビールを飲むのも悪くないな、等と考えていたら、気持が乗ってきた。
「ヨシ、行くベェ」
カンタスで働いている娘にチケットの手配を頼むと、すぐに数日後がとれた。ケンに連絡すると、仕事をやりくりして待っている、と言う。何処かに行きたくなったら、ポッと出る。2、3ヶ月に一度位の割合で、そんな気になる。気ままがいい。毎日の生活もかなり気ままに生きているけれど、やはり全部が自由という訳ではない。気ままを楽しんでこその旅だ、と思っている。
アデレードの中心街は、碁盤の目のように整然と設計されており、そこから各地区へのハイウェイが放射状に伸びている。ドライブしても非常に分かりやすい。ブリズベン等とは正反対だ。好きなように走り回った。
日本刀を集め、空手の道場という特異な世界で生きていると、豪州では認められても、本家本元の日本人からは、右翼かやくざのように敬遠される。空手という武道の歴史は浅いけれど、日本刀は平安時代に現在の形が確立されて以来、千年。製法は鎌倉時代以降今でも同じ方法で、且つ現代のトップの技術を以ってしても、その当時の刀の足元にも及ばない。この様な世界に誇れる文化は、今では刀にしか残っていない。
日本は島国だから、外国製は貴重がっても自国の文化には目を向けず、粗末にしてしまうという傾向があり、戦後は特にひどくなった。外国で認められる日本文化。日本人が自国の文化の良さを誇り得るプライドを持つ民族になった時、何処にいっても鴨にはされるが尊敬される人間像の少ない日本人のイメージが、少しづつ変わってくるだろうが、当分の間、ますます悪くなるようで気に掛かる。
Groteストリートのアデレードアンティークマーケットは、10時にオープン。一番乗りをした。勝手知ったるマーケット。何処のケースに刀が入っているか、も分かっている。第二次戦の軍刀拵に納まっていた刀は、抜くとあばた状の錆が全面にある。姿は良い。
「ウーン」と考えた。刀の値段は安かったが、日本へ送って研いでもらうと25万円、はかかる。代金の3倍以上の研ぎ代がかかる訳になる。ドル安の今日では3500ドルに近い。迷ったけれど、結局その時は購入しなかった。
アデレードの北部は、有名なワインの産地Varrosa Valleyである。いつも行くので、今回は気が乗らなかった。ところがアデレードのすぐ近くにLenswoodというワイナリーを見つけた。そこのSemillon Blanc。注ぐとフルーティな香りがグラス一杯になり、サッパリとした中にも濃のある素晴らしいワインだった。
南アフリカの白ワインは、うまい。そして、安い。もう毎食ごとにワイン。Drink Driving、等と言っておれなかった。久し振りでアフリカのワインを思い出すようなワインを楽しんだ。
刀は縁の物、という。高い刀なら何でも、という成金趣味の人はともかく、自分に合った刀というものは、そんなに簡単に出てくるものではない。そしてそれが、ある日突然、ポロリ、と出てくる。ケインズに戻ってからも気になって仕方なかったアデレードの誕生刀は、3週間たってもまだ売れていなかった。私に縁があったのだろう、と思った。
誕生刀がアデレードから無事届くと、ホッと一安心した。よく鑑ると、思ったより良質の刀で嬉しかった。その内ヘソクリでも貯めて、研いでやろうと思う。気持ちが落ち着くと現金なもので、LenswoodのSemillon Blanc。Quail(ウズラ)のてり焼きなんかで一杯やると、うまいだろうナー、等と考えたりしている。
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