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1999年7月号・其の41 迎え酒

「The sun has passed yardarm. Let's have a Beer」

 いつもそう言って、ビールを飲み始める弟子がいた。
帆船のマストから張り出している、帆をかける横木をYardarmという。日本語では何と言うのだろう。帆船航海の時代、水夫達は太陽の位置で、大まかな時間を割り出した。太陽がYardarmより下に位置する事は、その日の落日前、5時か6時頃を意味している。

「今日も一日終わったぜ。サァ、一杯やろうぜ」そういう光景が目に浮かぶような粋な言い回しで、私はえらく気に入ったものだった。

 その男、何とも面白い憎めないキャラクターの持ち主で、酔ってくると、何でもパクッと、口の中に入れてしまう。クモが這い出してくると、パクッ。蛾が飛んでくると、パクッ。まるでカメレオンである。道場の連中も面白がって、彼が酔ってくると、何か掴まえて持ってくる。私はその時いなかったが、あるパーティーの時だったという。あいにく、飛び込んできたのがカブトムシだったらしく、その翌日の稽古の時、いつも元気で気合一杯の彼が妙に大人しい。聞くと、

「センセイ、今日は喉が痛いよ」

 かすれ声で言う。カブトムシの角が喉に引っ掛かって、えらい目に会ったらしい。「お前ナァ・・・」
これにはさすがの私も呆れて、言葉が続かなかった。

その男ジェフ。ある日、神妙な顔をして私の家までやって来た。結婚したいのだけれど、センセイはどう思うか。そう、言う。一人でいると何をしでかすか分からない男だけに、一抹の不安はあったものの、彼にとってはベストだろうと思い、賛成してやった。子どものように嬉しそうに笑って帰って行った彼の顔を、今でもよく覚えている。

 結婚式は盛大だった。盛り上るほどにバンドの連中が演奏し始めた曲が、場違いの禁じられた遊び。ギターソロのギタリストも、私の弟子だった。

「お前ナァ、結婚式に禁じられた遊び、はネェだろう」彼に文句を言うと「この曲がForbidden Gameというのを知っているのは、センセイ位のものですよ。Don't worry」ケラケラ笑う。

ところが私の不安は見事に的中して、ジェフは一ヶ月後にアッサリと離婚。これにはまいった。ジェフにとってあの盛大な結婚式は、実に禁じられた遊び、そのものだったようだ。

 以前はジェフのような面白いキャラクターは、道場に沢山いて、まったく退屈しなかった。ケインズが発展する前の話である。現在のように、様々な法律によって何でも制限されていず、まだ豪州らしい自由さがふんだんに残っており、人々は生活を十分に楽しんでいた時代だった。キャラクターの育つ余裕があった時代背景だった、とも言えよう。唯一の社交場は、パブ。飲酒運転も気にせず、皆、好きなだけ飲めた。

 飲む事に関しては、ビール好きの豪州人の間には、独特の言い回しがある。例えば、数人でパブで飲むとする。中の一人がまず"My shout" Shoutは、叫ぶ、という意味だが、ここでは、俺のおごりだ、になる。数人分の"Pot" をとる。ちなみに、"Pot" は普通サイズのグラスを言う。全員のグラスが空になると、次の男がバーテンに、"One more round" もう一回り全員に、という意味に"Round" を使用する。これは勿論、次の男の"Shout" でもある。最後の男の"Shout" が終わると、それでお開きか、次の"Round" を開始する。一人一人がまったく対等におごり合う訳で、これ以上きれいな飲み方はない。

 酔ってくるのは普通"Drunk" だが、足にくるから"Legless" や、いやな臭いのターペンタンをもじって、"Full of Turps" は誰もが使用する。酔った感じがよく出ていると思う。

 日本語で言う飲んベェ、は、"Pisspot" これはあまり良い言葉ではないので、特に女性の前等では使わない事だ。

 飲み過ぎると、二日酔。"Hang Over" である。そして駄目押しの、迎え酒。この言葉がスラリと英語で出る日本人は、かなりの"Pisspot" か、英語に非常に堪能な人だ。

 "Hair of the Dog" という。この語源を様々な豪州人に聞いてみたが、なぜ、犬の毛、が迎え酒になるのか、私の疑問に答えてくれた豪州人は、未だ一人もいなかった。

 日本人の飲み方は違う。特に若い連中を面倒見てやると、甘えっ放し、という連中ばかりだ。おごってもらう、という事は、相手が気に入ってくれて金を出してくれる事だ。それを有難い、とも思わず、あたり前のようにおごられっ放しの日本人の、何と多い事。

 酒を飲むのは楽しい。それだからこそ、自分の金で飲む。人におごってもらったら、必ず返す。特に豪州人と飲む時は、一杯おごってもらったら、次は必ず "My Shout" という対等な気持で飲む事だ。ナニ?おごってやる金がない? それなら最初から飲むな。


 早いもので、この雑誌に言いたい事を書いた連載を始めてから、もう41回を迎える。私のように空手道場、という特異な世界で、誰の助けを借りる事もなく、一人で生きていると、書いてみたいネタは次々と出てくる。それでも最近、あまり気分が乗らなくなった。これは私の我がままだけれど、今回をもって最終回としたい。もし私の雑文を楽しんで読んでいてくれた人がいたとしたら、心からお礼申し上げる。

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