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2002年1-2月号・其の48 男の勲章
末は一ヶ月、道場を閉める。休暇だ。二、三日休むと、体が動きを要求してくる。一人で稽古に行く。
道場というのは不思議な空間で、稽古期間中には張りのある空間が、イザ道場を閉めると、妙に手応えがなくなってくる。一人稽古とは、その眠った空間を、自分の気力で自由にコントロールする事だ。気分がシトッと落ち着き、稽古着が汗で気持ちよく濡れてくる。空間がポロリ、と崩れるのを感じたら、サテ、帰ってビールでも一杯やッカ、と思う。その瞬間がいい。
野太い、シッカリした男の声だ。よく聞いている声だのに、一瞬、誰だったか戸惑っていたら、
「俺だよ、俺。ケブンだよ」
エッ!ソウダ、市長のケブンだ。いつもは秘書のモニカが連絡してくるので、ケブン自身が電話してくるとは思わなかったヨ。
私の道場恒例のクリスマスディナーは、12月15日。ケブンは11年前、最初に市長就任以来、必ず出席してくれる。今年も来てくれるもの、と思っていたものだから、パーティの一ヶ月前に招待状を送っておいただけだった。
ところがモニカから連絡があり、市長には以前から何件かの先約がある、と言う。ケブンに慣れ過ぎて、市長という立場も考えず、横着を決め込んで招待状を送るのが遅すぎた、と反省していたところだった。
「俺の秘書、俺とお前さんの関係を知らないものだから、心配かけたナー。行くぜ。お前さんのパーティは、ミスしない事にしているヨ」
私の道場がケインズのアールビル地区にスタートしたのが、今から26年前。当時の市長ケブン・クラセンが正式にオープンしてくれた。クラセン市長とは、その後も交わりがあり、現在では彼の孫も稽古に来ている。
26年前のケインズ。何ともノンビリした、いい田舎町だった。信号わずかに一基。現在のKマート横の道路にワニが出現、酔っ払いの足に噛みついた、なんて笑い話のような事件の起こる町だった。
産業はサトウキビ。観光シーズンは4月から9月。南部から冬期間中やってくる国内観光客だけで、何とか皆やってゆけた良き時代だった、と言える。
そのノンビリ時代に拍車をかけ、ケインズを伸ばすには観光しかない、と国際空港を誘致したのが、クラセンの跡を継いだロン・デイビス市長。切れ者である。この頃から日本企業の投資、土地の地上げも盛んになり、急激に変化し始めたケインズに、保守的な住民の怒りが爆発。その責任は市長のロン達に集中し、次期市長選でロン達グループは、一人残らず落選。良かれと信じてやった事が住民の総スカンを食い、傷心のロンは二度と市長選には出馬しなかった。以後彼は、ケインズの市政の背後で動くようになる。ケインズのドン。
ロンは今でも私の道場の大切なパトロンだが、在任中はよく世話になった。当時住宅地だったアンダーソン・ストリートに、道場建設の許可を降ろし、毎年の市税まで半額にして援助してくれたのも彼である。新道場は、1982年の6月完成。ロンの手で正式オープン。私の道場の盛期で、千人近い門弟がいた。
ロンの次がキース・ゴドウィン。私と妻は、彼から国籍をもらった。TAFEの学長で、私も一時期、TAFEで空手コースを指導していたので、彼をよく知っていた。会議のため、セスナでマリーバまで飛んだ時、エメラルドクリーク付近に墜落。殉職する。気さくな市長らしくない、いい男だった。
そして現在の市長ケブンが登場する。私の道場のブレイン、私の懐刀、また26年来の親友でもあるボブの友人がケブンだった事から、ボブを通してケブンを知るようになる。
ケインズ地域は、周辺のマルグレイブとケインズ市に区分されていたが、7年前に合併。その時の市長選でパイン市長に一時席を譲ったが、この新市長、なかなかの浪費家。彼の任期中、市の負債は増え、ケブンはその尻拭いにも大変だと思うけれど、最近の彼、市民の間ではあまり評判が芳しくない。彼の態度も、とり方によっては横着に見える。むしろ軍司令官向きのようだが、彼は正直な男だ。愛想を振り撒く政治家よりも、私はケブンの無愛想さを信用したい。
26周年のパーティを終えて、一息ついた。空手のような時代遅れの生き方をしている私の道場が、後何年続くか分からないけれど、歴代の市長が支えてくれたように、私の道場はローカルの間では信用があった。しかし住民の70%近くが、ここ10年以内に豪州各地から移住して来た新ローカルによって占められる程、住民の動きが激しいケインズでは、私の道場の知名度も、徐々に過去のものとなってゆくのを感じる。今まで馬鹿のひとつ覚えのように、コツコツと空手をやって得たものは、空手だけで何とか生きてこれた事と、少しの信用、位のものだ。
私も後一ヶ月で、60歳。この年になるまで、金には縁がなかったけれど、信用は男の勲章。そう言い訳をしながら、空手を続けている。
この稿を書いている途中、悲報が入った。26年前、私の道場をオープンしてくれたケブン・クラセン前市長死去。78歳。癌だった。
ケブンの顔も見てやらないとナー…と、つい最近妻と何回も話していたところだった。済まないナー、ケブン。無沙汰ばっかりしていて、スマナカッタナー。ひとめ会っておきたかったのに、本当にスマン。
「あなたからケブンがもらった黒帯。死ぬまで大切にしてましたよ。これからは、私のものになりましたヨ」
一回り小さくなったようなクラセン婦人。お葬式の日、私にすがってホロホロと泣いた。彼女が落ち着いた頃、26年前の古い写真を持って、訪ねてあげようと思う。私が力一杯生きた時代が、少しづつ消えて行く。ケブンに合掌。
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