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2002年5-6月号・其の49 昭和壬午(みずのえうま)

 ない。ないのだ。何処を捜しても、ない。妻に聞くと、
「自分のオモチャぐらい、チャンと片付けておきなさいヨ。私シャ、知らないネー」
 取り付く島もない。

 荒涼とした、白っ茶けた荒野の中に私はいた、ようだ。何処かで見たような懐かしい光景のようにも、思える。アレマ、刀が見えてきた。旧日本帝国陸軍の軍刀拵。どうやら、満鉄刀、らしい。でも、なぜこんな所に満鉄刀が、と訝しんでいるうちに、パチン、と何かが弾けるように、目が覚めた。
 ヤレヤレ、夢か。それにしても、妙な夢だぜ。リビングの時計が、3時を打つのが聞こえる。何となく、フーッ、と長い息を吐いた。しかし、何で又満鉄刀なんかが、とボンヤリした頭で考えている内に、どうやら又、眠ってしまったようだ。

 私の家には、武器庫がある。ライフルから刀剣類、私の使用している拳銃類、実弾等を、法の規定により安全に保管してある。
 その朝、起床すると、見た夢が妙に気になって、久し振りに満鉄刀を見てみようと思った。二重になったドアを開けると、ブン、と独特の臭いが鼻を付いた。満鉄刀は、もう20年以上も前、ケインズの西方600キロの荒野の街、クロイドン、で見つけた物で、以来手入れは時々していたが、そのまま武器庫で眠り続けていた。

 満鉄刀、という名前には謂われがある。昭和7年、日本軍部は中国大陸に、清朝の廃帝、溥儀を皇帝とする日本のかいらい政権、満州国を建立。以後15年間に渡る日中戦争のドロ沼に、足を突っ込む事になる。建国当時の満州鉄道は、日本にとってはドル箱であったらしく、昭和12年頃には従業人17万人にも達したという。
 満州鉄道の線路の補修又は拡張工事の材料は、北海道の室蘭にあった日本製鋼所から送られた。この洋鉄に目を付け、日本古来の鋼と混ぜ合わせて独特の日本刀を鍛錬したのが、室蘭の堀井俊秀一派の刀工達で、その刀を、満鉄刀、と別称した。鉄道の線路の鋼から生まれた日本刀は満鉄刀だけで、こんな話を知っている日本人も、もういなくなった。
 その満鉄刀が武器庫に、ない。捜しまくったのに、やはり、ない。一体どうしたのやら、私の記憶にまったくない、のだ。

 私はついこの間、60才の還暦を迎えた。道場の連中や友人達、日本からも突然来てくれて、幸せなパーティーをした。そのせいでもないのだが、最近いやに物忘れがひどい。
 ポッと置いた物をド忘れするのは、まァいいとして、沢山あった武道の本やビデオが、知らぬ間に無くなるのは、誰かに貸してやったのを、忘れてしまうからだろう。
 最近の若い世代の日本人や豪州人に物を貸すと、まず催促するまで返してくれない。貸した本人が忘れてしまうと、そのままになってしまう。金は特に要注意。友人間の金の貸借だけは、まずしない方がいい。親切が裏目に出る場合が多い。金の貸借、支払い、収得などに節操のない人間は、私は信用しない。

 いくら考えても満鉄刀一振り、どうしたものかまったく記憶をたぐれない。何処かにポコッと入り込んでいるのかも、と家中の物入れの中もゴソゴソとさぐってみたが、やはり、ない。誰かに貸した、とも思えない。その内ヒョッコリ出てくるだろう、と一時捜すのを諦めた。
 ガキの頃、60才前後の人を見ると、この人、もうすぐ死ぬんだろうナ、と思っていたし、又そのようにも見えた。その年に知らぬ間になった。ずっと今日まで空手をやってきたので、体はまだ動くし、自分では頭の毛が薄くなったのと物忘れがひどくなった以外、年というものを感じる事がなかったので、ハッキリとした還暦の意味さえも、日本人でありながら、よく知らなかった。

 古くからの紀年法の一つに干支、俗に言う、えと、がある。紀元前4世紀頃から中国で始まったらしい。干、は日の記号で十干。支、は歳月の記号で十二支。この両者を組み合わせると60の順序が出来る。つまり60年で一巡りすると最初に戻る訳で、この為の祝いが還暦にあたる。
 おまけに私は馬(午)年だが、60になるまで、自分の正確なえとを知らなかった。計算して割り出すと、昭和17年の私のえとは、壬午。こんな事も知らないで、長い間日本の文化の空手を指導して飯を食ってきた。これじゃ若い連中に大きな顔も出来ネェナ、と思う。

 満鉄刀の事が頭を去らなかった為か、又刀の夢を見た。内容は覚えていない。その朝もう一度武器庫を調べた。沢山ある軍刀を全部、抜いてまで確かめたが、やはり、ない。
 部屋の壁には、ライフルがグルリと掛けてある。その隅にヨーロッパのサーベルが、モシャっと寄せてある。柄が4本見える。ボンヤリとそれを見ていたら、付きだしている鞘は5本あるではないか。ヤレヤレ、ホッとした。満鉄刀はこんな所に隠れていたのか。
 早速手入れ。抜くと油も乾ききっていた。目釘を抜き、柄を外す。銘は、興亜一心満鉄作之。反対の裏側に年紀が入っていたが、昭和何年だったのか、よく確かめていなかった。裏を見た。昭和壬午春、とある。エッ、と思った。何とこの満鉄刀、私と同じえとじゃないか。刀の年紀に春、とあれば、恐らく2月。私の誕生刀だ。ナンダヨ、お前さんも還暦かヨ。20年以上も持っていて、何とマー今の今まで知らなかったヨ。

 私の還暦のパーティーの日の午後、私の住んでいる地区にストームがあり、何と、カミナリさんが私の家に飛び込んできた。エアコン、電話、テレビ、ビデオ、ステレオ、プールのクロリネーター等々、ブッ壊された。おまけにこのカミナリさん、バイバイと出て行く時に、家の壁のレンガを通り抜け、穴まで開けて行きやがった。修理は今でもまだ終わっていない。
 考えようによっちゃ、数ある家の中から、私の家を選んで、私の還暦の祝いにやってきてくれたのかも知れネエナ、と思うと、アリガトヨ、とでも言う気分になる。その時家にいた私と妻は、何ともナシ。それで十分。
 誕生刀は出てくるし、カミナリさんもやってきた。2回目の人生の振り出しにしては、コイツは春から(こちらは秋か)、縁起が良いワイ。

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