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豪州で空手道場を20年以上に渡って営んでおられる松本先生の視点により「豪州人」「日本人」に関する考察エッセイ。他の人のしていない経験をたくさん経ている方だけに、言葉に重みがあり賛否両論、反響のあるエッセイです。読み応え十分なので、じっくりとどうぞ。


2006年3-4月号・其の73 戻ってきた居候


「道場から帰宅すると、9時が近い。ヤレヤレ、今日も無事終わったかと、
1杯やりながら、ユックリとした夕食を終えると、10時。
深夜の食事は体に悪い、というけれど、もう30年が過ぎた。
ボツボツ、体に異常が出てきてもよい頃なのだが、まだその兆しはない。

 我が家のポーチと車庫の間は、植え込みになっていて、家の横手に回り込むのに、
カチャンと音を立てて開く、小さなゲイトが付いている。
その夜、道場から戻った時、そこには何の異常もなかった。

 夕食後、妻が戸外に出ることは、メッタにないのだが、その時は何かの用があったらしい。突然、たまげるような悲鳴が聞こえた。何事、と私も飛び出した。
ポーチの敷石を真っすぐに横切る黒い陰。蛇だ、と一瞬思ったが、
よく見ると、抜け殻だけ。

 ゲイトの枠に尻尾の先端をからめ、ポーチを横切って体を伸ばし、
袋の中から這い出るように、スポンと見事に抜ききっている。
触ってみると、ヌメッと湿りがある。蛇が脱皮する時は、水に漬かるという。
家の裏手にあるプールで、ひと泳ぎしたのか、ゲイトのすぐ内側に置いてある、
我が家の番犬、お真佐の水入れの中にくねり込んだのだろう。

 それにしても、夕食をとっているホンの小一時間の間に、
水に漬ってサッパリした蛇のやつ、サッサと一仕事終えている。
ポーチを完全に横切っているから、長さは2メートル以上。
私は蛇は別に何ともないけれど、2メートルを越すとなると、
あまり気持のいいものではない。

 ところが、妻。蛇となると、心臓麻痺を起こしかねないほどの蛇嫌い。
抜け殻だけでも、エラいショックであったに違いない。

 サテ、何処からこんなデッカい蛇がやって来たのか、と思ったが、
私の家の背後はよく繁ったブッシュ。クリークに沿って、
踏み込めないほどの雑草地帯もあり、蛇の10匹や20匹、棲み着いていてもおかしくはない。たまたまその中の1匹が、やって来たのかも知れない。

 妻が血相変えて、私のオフィス兼書斎に飛び込んできたのは、
その時から3ヶ月ほどたっていた。とにかく、出て見ろ、と口から泡を飛ばす。 
彼女に付いて行くと、私の部屋のすぐ外側の、廂にある樋の中から、
ヒラリと白っぽい物が垂れている。

 よくまア、見つけたものヨ、と思うほどの蛇の抜け殻。
梯子をかけて上ってみると、樋の中にゾロリ、抜け殻が伸びていた。長い。
どうやら、同じ蛇らしい。という事は、あの晩以来、こ奴、我が家の何処かに、
無断で棲み付いていたようだ。

 頻繁に脱皮するのは、蛇が若い証拠。それでいてこれだけのサイズ。
パイソンだ、と思った。通常、優に3メートルを越す。無毒でおとなしい。
ヤレヤレ、エライ居候がやって来たものヨ。妻がやけに恐がるので、庭の植え込み、
物置の内外、温室の中。夜はトーチで家の周りを歩き回ったが、居候、顔を見せなかった。

 三度目の妻の悲鳴は、ポーチ横の植え込みの中に、再度抜け殻を見つけた時。
嫌いなくせに、殻を見つけるのは、いつも彼女。

 この時を最後に、もうおっつけ一年になる。どうやら居候、気ままな旅に出たらしい。
一本刀の股旅暮らし。気楽なモンだぜ、と思っていたが、その間一度だけ、妙な事があった。

 ある夜中、お真佐が変な吠え方をする。鳴き声に怯えがある。ガレージに行くと、
別に異常はない。ただ、すえたような何とも言えない臭いが、プンと鼻をついた。
蛇は興奮すると、体から臭いを出す。もしかしたら…と思った事だった。

「ここには、エライ大きな蛇がいるネ」
 キャロリンがケロッと言う。私の友人の妻君。つい先日の事だ。
真意が分からず、エッと聞き返すと、「アリャ、まだ新しいヨ」

 庭好きの彼女、あちこちと我が家の植え込みを見ていたらしい。
彼女が私を誘なったのは、裏手にある観音竹の繁み。何と、気がつかなかったヨ。
すぐ横のフェンスに尻尾をからめ、観音竹の中を縫うように、蛇の殻が見える。
取り出すと、3メートルに近い。奴だ。居候だ。気楽な旅から、舞い戻って来やがった。
それも一回り、大きくなって。コリャ又、ひと波乱、起きるぜヨ。

 寝入り端に電話が鳴った。話を終えると12時が近い。それから寝付かれない。
寝返りを打ちながら、2時を打つ時計の音を聞いていた。むし暑い夜だった。
寝室の窓を開けていた。外側は植え込みになっていた。……と、微かな音が聞こえた。
ミシッ…プチッ…カサッ…。何か、かなりの重量のものが、ユックリと動いている。
ヒキガエルのがさつな音ではない。目が急に冴えてきた。

「シッ!マトモトサー、ヘビ、いるヨ」

 先に行くアイザックが、フワリと立ち止まった。私の身の丈もある雑草の繁る、
ブッシュの中だった。モア島。丁度、ニューギニアと豪州本土との中間点に位置する、
トーレス海峡では2番目に大きな島。ほとんど、無人。
そこの一角に、私が働いていた南洋真珠養殖場の木曜島分場が、設置されていた。
時々、出張作業に行った。もう35年も前の話だ。

「エッ、何処に」

 私はキョロキョロと、地面を見回した。静かに、と彼は立てた人差し指を、
彼のブ厚い唇に押し当てると、その指を頭上でグルリと動かした。エーッ、蛇は頭上に…。
半信半疑で、それでも黙って立っていた。

 その日、無風。どれ位、立っていただろうか。
突然何処かで、ピキッ、と微かな枯れ枝の折れる音がした。
アイザックがニタリと歯を見せ、音のした方を指差した。

 大きな蛇だった。ユックリと木の枝の上を移動していた。
枯れ枝に当たった時、蛇の体重の重みで、ピシッと枝の折れる音がした。
アイザックが、又、ニタリと笑った。

 私は急に、この経験を思い出した。蛇だ。これは我が家の居候に違いない。
ジッとしておれず、トーチを探して、ソッと裏口から外に出た。音はもう、止まっていた。トーチの光の輪を、アチコチ植え込みの中に移動させてみたが、何の姿もなかった。

 確かにあれは、蛇だった。まアいいか。
その内一本ドッコの蛇太郎、ゴメンナスッテ、と顔を見せるだろう、と思いながら、
ベッドに戻った。


 先日、64才になった。人間、寿命の先が少し見えてくる年になると、
人間も自然という大系の一部、という事が感じられるようになる。

 ある者は草木を愛で始め、若い時、ワニや鹿のハンティングに出かけたり、
抜刀術の稽古に、猪やサメの試し斬りをやっていた私でさえも、虫一匹殺さなくなり、
体に落ちてきたヤモリの子を、ソッと戻してやるようになった。

 人間の齢とは、不思議な技を持つものヨ。それが分かるからこそ、年をとっても、
安易に流れては駄目だ。精一杯、生きなくては、年をとった、示し、がつかぬ。

 サテ、今日もこれから道場で、ひと汗かいて来る。
その後の一杯が、ヤレ、楽しみ、楽しみ。


. .

まつもと・かずえ
昭和17年2月1日生れ。東京水産大学増殖学科卒業。
1966年木曜島にてPearls Pty Ltdに勤務。
1975年退社後ケアンズにMatsumoto Karate Academyを開く。
現在Australian Karate Federation North Queensland Coaching Director.
ホームページ
www.matsumotokarate.com

このエッセイへのご意見、ご感想などは、メールの表題に
「松本センセイへ」と書いてこちらまで送ってください。

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●これまでの連載●

1995年09月 其の1・Thank You
1995年10月 其の2・我が夢は戦闘機
1995年11月 其の3・CRABBES CREEK
1995年12月 其の4・SUSIE
1996年02月 其の5・俺も征く
1996年03月 其の6・COTTAGE ACCOMMODAION
1996年04月 其の7・SEVENTEEN
1996年05月 其の8・SMOKE FOLLOWS THE BEAUTY
1996年06月 其の9・あの刀
1996年07月 其の10・ラバウルの日記
1996年08月 其の11・PWJ 11001
1996年09月 其の12・BELL BIRD
1996年11月 其の13・金木犀
1996年12月 其の14・小池邦夫の世界
1997年01月 其の15・日本遙かなり
1997年02月 其の16・MY SPECIAL FRIEND
1997年03月 其の17・BREAD TREE
1997年04月 其の18・サメ狩り
1997年05月 其の19・豪州病
1997年06月 其の20・ハイ
1997年07月 其の21・ケインズ良いとこ
1997年08月 其の22・ケブン
1997年09月 其の23・ゴルフ一刀流
1997年10月 其の24・豪州刀
1997年11月 其の25・LONG WAY TO BED
1997年12月 其の26・真珠も自給自足
1998年01月 其の27・生き様
1998年02月 其の28・保護という名の差別
1998年03月 其の29・WANTED
1998年04月 其の30・小池邦夫の残したもの
1998年06月 其の31・ブリスベン ガンショウ
1998年07月 其の32・MUD RUN
1998年09月 其の33・〜終戦記念日に寄せて〜しゃれこうべの歌
1998年10月 其の34・緊張のPNG
1998年12月 其の35・精霊
1999年02月 其の36・豪州は狭い
1999年03月 其の37・縁
1999年04月 其の38・祟り(?)
1999年05月 其の39・RIP OFF
1999年06月 其の40・年をとる暇がない
1999年06月 其の41・迎え酒

●一時連載休止〜再開後の連載●

2000年11-12月 其の42・ゆとり、という名の堕落
2001年01-02月 其の43・それからは、ボーナス
2001年03-04月 其の44・侠気
2001年05-06月 其の45・空き巣に御用心
2001年07-08月 其の46・ワニも捨てたもンじゃない
2001年09-10月 其の47・オーイ、青空
2002年01-02月 其の48・男の勲章
2002年03-04月 其の49・昭和壬午(みずのえうま)春
2002年05-06月 其の50・アンザックの朝
2002年07-08月 其の51・権利の安売り
2002年09-10月 其の52・豪州流自然の楽しみ方
2002年11-12月 其の53・週末の楽しみ方
2003年01-02月 其の54・WATER UNDER THE BRIDGE
2003年03-04月 其の55・センニンガイ
2003年05-06月 其の56・Wouldn't be dead for the quids
2003年07-08月 其の57・宝の持ち腐れ
2003年09-10月 其の58・ブームの仕掛人
2003年11-12月 其の59・子育てよりも親育て
2004年01-02月 其の60・CHEEKY
2004年03-04月 其の61・人、を残したか
2004年05-06月 其の62・新種
2004年07-08月 其の63・珍味アラフラオオニシ
2004年09-10月 其の64・ブームで思うこと
2004年11-12月 其の65 食らい込むなら豪州
2005年01-02月 其の66 心の襞(ひだ)
2005年03-04月 其の67 個性
2005年05-06月 其の68 日本が貧しく見えた日
2005年07-08月 其の69 手縫いの刀袋
2005年09-10月 其の70 道場童子(ワラシ)
2005年11-12月 其の71 本音
2006年01-02月 其の72 ココダ、トレイル


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