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2006-06-16-FRI
その1・愛国心を肝試しされてしまった、
ワールドカップサッカーで…


 日本VSオーストラリアの
野外スクリーン観戦会場から今戻りました。
うーん、最後の10分間が….
とても惜しいというか残念というか、
正直に言って少しだらしがないというと
いいすぎでしょうか?

日本はシュートがありません。 
失敗してでも良いので打ってやる、
やってやるというのが全然見えませんでした。

今回の試合は自分にとってもとても複雑でした。
こちらに来てもう14年近くなり、
ラグビーの国際試合ではいつもオーストラリアの国歌をうたい、
ワルチングマチルダを口ずさみ、
いつの間にか第二のふるさとのようになってしまいました。

それで今回、自分はいったいどちらを応援しよるんだろうと、
あえて家で観戦するのではなく、外に出てみました。

いつものようにオートラリアの国歌が始まり、
いつものように軽快にうたいだしました、
その後、いつ以来でしょうか?

そうですたぶんワールドカップラグビーの
日本VSアメリカ戦以来ほぼ三年ぶりに聞く 
厳かで、地のそこからうねるような日本の君が代を聞いて、
知らずのうちに涙が出てきました。

そして試合開始のホイッスル、すでに日本ファンでした。 
前半まであれよあれとと進み、
なんか胸を借りているような試合運びでしたが、
えっー今のだれがシュートしたの?
となんだかよく分からない、ゴール
(後からみたらキーパーチャージのようでした。)があり、
なんでなんでとオージーも不思議がって、
またなんでこんなチームに点取れないの見たいな
不思議な空気がありました。



後半にはいりそんなラッキーゴールに
日本が波に乗るかといえばそうでもなく、
どちらかと言えば、ちょっとお前に任せるわ 
みたいなゴール前のパスばかり、
全然シュートを打たないので、
見ててだらしがないのでちょっと寂しくなりました。

オーストラリアの方といえば、オーストラリアらしく、
とりあえずどでかい体を立てに、
ドンドコ不器用なシュートを打ってはずし、また打とうとしては、
日本のちょこまかにひょいっと取られてしまうという、

上手というのではないのですが、
なんとなく親しみのわくプレーでいつのまにか、
同点になっても面白いかも・・・
と思ったら豪快なシュートが決まり   
アー同点や、
スクリーン前は今までの鬱憤が一気に爆発して大騒ぎでした。

そしてものの数分もしないうちに、結果はご覧のとおりです。
特に最後の三点目は途中参加の選手が、
俺がやったるとばかりに一人で持ち込んでシュートを打ちました。

ちょうど対照的に日本は同じように
一人で持ち込んだのはいいものの、シュートを打てば良いのに、
俺には荷が重いのでお前に任せると、
パスをしていたのとは対照的でした。



うーん知らぬまにオージーと一緒に応援していました。
なんか遠慮がちで、控えめといったら聞こえが良いですが、
ちょっと責任逃れのような日本人と、
俺がなんと言ってもできるんだからやらせろと
自信過剰のくせに、結局は出来ないオージーの典型的な戦い振りで
あとから落ち着いてみるととても面白かった試合でした。 

そういうお国振りがでていたような気がします。

自分自身のアイデンティティーがどうなっているだろうか
ーと分からず望んだ試合でしたが、
君が代を聞き自然に日本を応援し、
またオージー振りに親しみを覚えてしまいました。

今はやりの愛国心と言えば、
国のためにどうこうという尺度を求められそうですが、
どちらかといえば、そこにいた時間や空気、
そして家族や友人の全てを愛する気持ちがそうで、
それを日本にも感じ、またオーストラリアにも感じてきた自分が、
見つかったようなそんな私のワールドカップでした。




★松キャットさんの、ちょ〜っと長めのプロフィール

1961年 サブロク生まれ、話はじめても「関西のご出身ですか?」とすぐに聞かれなくなったので、だんだん標準語を使いこなせてきていると勝手に思い込んでいる大阪生まれの大阪育ち。
中高校ではラグビー部に所属し、授業中は唾液でボールを磨き、女子生徒に嫌われるも放課後は、西成じゃんじゃん横丁や南新地のオネーサン達に可愛がられて、ネオン街の世界を勉強させてもらう。
大学を卒業し貿易商社にて外国人バイヤー相手にへりくだったビジネスをするのに嫌気がさし、単身アメリカに渡る、ラスベガスを皮切りに現地旅行会社で、日本からきた観光旅行者のお世話をし続けて旅行業の裏も表も味わう。その後サンフランシスコで地震にあい、ロスアンジェルスで暴動に巻き込まれるも無事生き延びるが、ホームレスの人たちをサファリパークのように見せて、日本語ツアーを紹介する業界に見切りをつけ、新天地を求めて1993年にオーストラリアへ。
各地を自らバックパックを担いで旅行し、日本語ツアーや既成のパッケージツアーだけでは味えない、それぞれの人が自分の好みや興味に応じてオーストラリアの楽しみ方を選択できる自由旅行者のための旅のテーマパーク「ツアーランド」を開設、現在はオーストラリアやニュージーランドの生活をサポートする「ゴンドワナクラブ」もあわせて主幹する。
趣味・特技:地図を見ること、あちこち歩き回ること、テントで寝ること、パックパッカーに宿泊すること、どーやったら楽しめるか考えて人にさせること、仲良くなること、
仕事以外にやってみたいこと:スクーターでオーストラリア一周すること、ヨットで途中あちこち寄りながら日本に帰国すること


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