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エッセー

家族写真

2007年09月10日

 今回ご紹介するのは、静岡からお越しの山本さんの感動のストーリー。オーストラリアでも、全国紙やテレビで取り上げられた。

話は山本(旧姓 芹澤)節子さんが10才の時、出兵する叔父様と一緒に撮影した記念写真に始まる。
「生きては帰れないから家族写真を、ということだったんでしょうね。当時18才だった叔父は、一緒に住んでいたこともあって私を可愛がってくれてました」
山本さんは、最後のお別れの面会のことも鮮明に覚えている。
「祖母と一緒に行きました。人参を刻んだものを巻いたのり巻きなど、折に入れた料理を持って。当時できる精一杯の御馳走だったんでしょう」
その後、出征した叔父様は、ニューギニアで消息を絶ってしまう。

ジャングルに逃げて行く日本軍が去った場所に、引き裂かれた家族の写真があった。前日は雨だったのに、濡れることなく残っていたと言う。
あるオーストラリア人兵士が、この写真を拾い、一つ一つをつなぎ合わせ、一枚の写真として50年にも渡って保管していた。
この写真こそが、山本さん一家の記念写真だった。その後、ブリスベン在住の日本人女性、ケアンズの松本氏を経て、邦人誌に載った記事を読んだ九州在住の方が、写真に写っている小さな名前だけを頼りに日本全国を探すという驚きの展開。ついに、この1枚は奇跡的にご一家のもとに返ることになった。
「ちゃんとしたお葬式もしていない私たちとしては、この写真が本当の遺品のように思えました」
山本さんは、写真を取っておいてくれた方に会ってお礼をしたいと夢にも見るほど強く願うようになり、今回それが実現したのである。
ビルさん(91)、セイラーさん(85)はともにお元気で、まさか見つかるまいと思っていた写真の主がわかったことに驚きを隠せなかった。
「お互いに泣いてしまう程、劇的な対面でした。日本人は敵だったのに、お孫さんまで呼んで歓迎して下さり、私達は皆家族だ、とおっしゃって下さって」
国同士の戦いであって、個人は殺し合いたくなかった。敵であっても家族がいるのだ…と思うと写真を捨てられなかったのだという。
「保管して下さったのはもちろん、骨を折って探して下さった方々もいらした訳で…人間って捨てたものじゃないなと思います。本当に感謝しています」
「家族の心の中では、まだ戦争は終わっていないのです。歴史を風化させず、若い人々の犠牲があってこそ、今の日本があるということを覚えておくべきではないでしょうか」。

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