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エッセー

2001年9-10月号・其の47 オーイ、青空

2007年09月05日

 バイクが付いてくるのに気が付いた。パーキングを探していた時だ。近所のショッピングセンター。ユックリ走っていたので、道を譲ってやろうと思ったが追い越さない。私がトロトロ運転していたものだから、文句でもあるのか、と思った。

用を済ませてセンターを出てくると、その男、入り口にバイクを止めて誰かを待っている様子。ヘルメットの下の目が確かに私を見ている。横を通り抜けた。何も言わぬ。10メートルも歩いた。男が追ってきた。

「…センセイ…」

エッ!そう私を呼ぶからには、私の生徒だったのだろうか。ヘルメットを取った髭面に見覚えがあるようにも思った。

「センセイ。俺はあの時、根っから頭にきましたよ。何時かセンセイを倒してやろう、そう思って自分で稽古を続けましたぜ。でも年を取るにつれ、だんだんそ の気がなくなって、俺のした事の方が悪かったんじゃネェか、と思うようになったんですよ。そう思わせてくれたのは、やはりセンセイだった、と分かってきた んです」

一気にしゃべった。そうか、髭で分からなかったけど、あの時のガキだ。ジョンだ。あの時のこの野郎の攻撃、まるで鎖の切れた番犬みテェだったぜ。

あの時…。ソウダヨナー、もう15年も前になるか。私の道場が毎年、北クイーンズランド州空手選手権を主催していた頃だ。ジョンは確か、15〜16歳部門のイベントにエントリーしていたはずだ。

空手の試合は、大きく分けてたったの二通り。当てるか、当てないか、だけだ。当てない場合、寸止め、と言い、相手の急所直前に極めを集中させる。激しい 動きの中で技をコントロールせねばならず、技術的には高度のものがある、と言える。逆に審判の主観が技の判定に大きく作用するため、効果的でない技でも、 ただ単に急所まで届いた、というだけでポイントになる、というフェアでない面も出てくる。

まァ空手の試合というものは、相手を倒すのが目的というよりも、技を競う事により、お互いの向上を目指す試練の場、と解釈するべきだろう。だからこそ戦いの場において、人間性の基本となる、心、というものが大切になってくる。

ジョンが私の道場へ入門した時、10歳位。他の道場から来たので、もう茶帯を締めていた。稽古は熱心だったが、性格に少し問題があった。自分本位なのだ。強いものには萎縮するが、弱い相手は徹底していじめてしまう。

最近ベタベタと子供を可愛がるばかりの親が増えた。特に母親。何から何まで面倒をみて、子供の言う通りにしてやる。親自体にけじめがまったくない。本当 に子供の事を思ったら、子供の将来のため、しっかりとした性格の子に育つよう、子育てをすべきだと思う。無条件に可愛がる事と子育ては、別だ。甘やかした 子供は、当然我がままに育つ。面倒を見過ぎると、自主性のない依存性の強い子供になる。自分本位に育っているものだから、他人への思いやりはまったくな い。

ジョンの母親は、こんなタイプの親の典型だった。ジョンは悪いガキではない。しかしこんな母親のもとでは、悪い方にのびてくる。こんなガキは弱い者いじめ等、悪い事をした時に、一度キャンと言わせてやった方がいい。

体罰は法律で禁止されているけれど、どうしようもないガキには必要な時もある。現在の教育方針が最善のものだったら、子供の質は良くなっていなければな らない。ところが悪くなる一方だ。ガキの犯罪も増えた。人間も動物の一種。悪い事は悪い、と体で覚えさせる仕組みはどうしても必要だ。世の中、妙にアカデ ミックになり過ぎた。二歳や三歳の子供にいくら理屈を教えても、通らない場合もあるはずだ。そしてこの年頃が、人間としての性格形成に一番大切な時期なの だ。子供は国、そして親の財産。子供の財産は、親からしつけてもらった性格。これが子供の生き様を決める。

ジョンは残念ながら、その後私の道場をやめた。弱い者いじめをしていたので、私はわざと母親の前でひっ叩いてやった。私も子供を罰する時は、性根をすえ て体を張る。訴えられる、と分かっていても、道場の中では見過ごすことが出来ない。それ以降、ジョンを見ない。恐らく、母親が止めさせたのだ。他の道場で 稽古をしている、と何処からか聞いた。素質のある子だっただけに、私の意志が伝わらなかったのは残念だった。

試合に出場したのは、そのガキ、ジョン、だった。見違えるように大きく、荒々しく育っていた。ヌメッと光る目に、人を人とも思わない傲慢な光りが見える。私の道場を止めたのは、完全に間違っていたナ、と思った。

私が審判だった。ジョンの試合振りは、コントロールも何もない。ただ相手を倒したいだけの喧嘩空手だった。

「お前ナァ、何のために空手をやっとんジャ。人間あっての空手。もう少し、相手の事も考えてみろ。それまで二度と俺の道場へ足を踏み込むんじゃネェ。出て行けェ」

試合は中断。続行させると怪我人の出る恐れもあった。ジョンは失格。私も若かった。彼を試合場から、オっぽり出した。その時以後、ジョンに会った事がない。

ジョンとは15年振りだった。目から当時のヌメったような荒々しい光りが消えていた。しばしの間、私は何も言えなかった。

ソウカ、あの糞ガキのジョンが、こんな事を言う年になったのか。もうおっつけ、30歳位になっているはずだ。

「センセイ、俺に空手を教えてくれてありがとう。I REALLY LOVE YOU NOW」

そう言うと、彼はバッと私に抱きつき、慌てたように離れると、バイクの方に走って行った。男に抱きつかれるのは、あまり気持ちのいいものじゃネェナ、と 思いながら、私の道場を去った後の彼の15年を思った。悪ガキが、あんな事を言う。何だか、安物のテレビドラマのようだぜ。

私はそのまま立っていた。バイクのジョンは、手を大きく振って走り去った。私と知って、私の車について来ていたのだ。

ジョンの黄色のバイクを見送った。バイクが消えたその上の、空が何とも青かった。

色んな人間に空手を教えてきたものヨ。オーイ、青空。今日もいい日だぜ。

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