日本から自由にお買い物!


ケアンズの注目キーワード

売ります・買いますなどケアンズの掲示板

エッセー

2006年3-4月号・其の73 戻ってきた居候

2007年09月05日

「道場から帰宅すると、9時が近い。ヤレヤレ、今日も無事終わったかと、
1杯やりながら、ユックリとした夕食を終えると、10時。
深夜の食事は体に悪い、というけれど、もう30年が過ぎた。
ボツボツ、体に異常が出てきてもよい頃なのだが、まだその兆しはない。

我が家のポーチと車庫の間は、植え込みになっていて、家の横手に回り込むのに、
カチャンと音を立てて開く、小さなゲイトが付いている。
その夜、道場から戻った時、そこには何の異常もなかった。

夕食後、妻が戸外に出ることは、メッタにないのだが、その時は何かの用があったらしい。突然、たまげるような悲鳴が聞こえた。何事、と私も飛び出した。
ポーチの敷石を真っすぐに横切る黒い陰。蛇だ、と一瞬思ったが、
よく見ると、抜け殻だけ。

ゲイトの枠に尻尾の先端をからめ、ポーチを横切って体を伸ばし、
袋の中から這い出るように、スポンと見事に抜ききっている。
触ってみると、ヌメッと湿りがある。蛇が脱皮する時は、水に漬かるという。
家の裏手にあるプールで、ひと泳ぎしたのか、ゲイトのすぐ内側に置いてある、
我が家の番犬、お真佐の水入れの中にくねり込んだのだろう。

それにしても、夕食をとっているホンの小一時間の間に、
水に漬ってサッパリした蛇のやつ、サッサと一仕事終えている。
ポーチを完全に横切っているから、長さは2メートル以上。
私は蛇は別に何ともないけれど、2メートルを越すとなると、
あまり気持のいいものではない。

ところが、妻。蛇となると、心臓麻痺を起こしかねないほどの蛇嫌い。
抜け殻だけでも、エラいショックであったに違いない。

サテ、何処からこんなデッカい蛇がやって来たのか、と思ったが、
私の家の背後はよく繁ったブッシュ。クリークに沿って、
踏み込めないほどの雑草地帯もあり、蛇の10匹や20匹、棲み着いていてもおかしくはない。たまたまその中の1匹が、やって来たのかも知れない。

妻が血相変えて、私のオフィス兼書斎に飛び込んできたのは、
その時から3ヶ月ほどたっていた。とにかく、出て見ろ、と口から泡を飛ばす。 
彼女に付いて行くと、私の部屋のすぐ外側の、廂にある樋の中から、
ヒラリと白っぽい物が垂れている。

よくまア、見つけたものヨ、と思うほどの蛇の抜け殻。
梯子をかけて上ってみると、樋の中にゾロリ、抜け殻が伸びていた。長い。
どうやら、同じ蛇らしい。という事は、あの晩以来、こ奴、我が家の何処かに、
無断で棲み付いていたようだ。

頻繁に脱皮するのは、蛇が若い証拠。それでいてこれだけのサイズ。
パイソンだ、と思った。通常、優に3メートルを越す。無毒でおとなしい。
ヤレヤレ、エライ居候がやって来たものヨ。妻がやけに恐がるので、庭の植え込み、
物置の内外、温室の中。夜はトーチで家の周りを歩き回ったが、居候、顔を見せなかった。

三度目の妻の悲鳴は、ポーチ横の植え込みの中に、再度抜け殻を見つけた時。
嫌いなくせに、殻を見つけるのは、いつも彼女。

この時を最後に、もうおっつけ一年になる。どうやら居候、気ままな旅に出たらしい。
一本刀の股旅暮らし。気楽なモンだぜ、と思っていたが、その間一度だけ、妙な事があった。

ある夜中、お真佐が変な吠え方をする。鳴き声に怯えがある。ガレージに行くと、
別に異常はない。ただ、すえたような何とも言えない臭いが、プンと鼻をついた。
蛇は興奮すると、体から臭いを出す。もしかしたら…と思った事だった。

「ここには、エライ大きな蛇がいるネ」
キャロリンがケロッと言う。私の友人の妻君。つい先日の事だ。
真意が分からず、エッと聞き返すと、「アリャ、まだ新しいヨ」

庭好きの彼女、あちこちと我が家の植え込みを見ていたらしい。
彼女が私を誘なったのは、裏手にある観音竹の繁み。何と、気がつかなかったヨ。
すぐ横のフェンスに尻尾をからめ、観音竹の中を縫うように、蛇の殻が見える。
取り出すと、3メートルに近い。奴だ。居候だ。気楽な旅から、舞い戻って来やがった。
それも一回り、大きくなって。コリャ又、ひと波乱、起きるぜヨ。

寝入り端に電話が鳴った。話を終えると12時が近い。それから寝付かれない。
寝返りを打ちながら、2時を打つ時計の音を聞いていた。むし暑い夜だった。
寝室の窓を開けていた。外側は植え込みになっていた。……と、微かな音が聞こえた。
ミシッ…プチッ…カサッ…。何か、かなりの重量のものが、ユックリと動いている。
ヒキガエルのがさつな音ではない。目が急に冴えてきた。

「シッ!マトモトサー、ヘビ、いるヨ」

先に行くアイザックが、フワリと立ち止まった。私の身の丈もある雑草の繁る、
ブッシュの中だった。モア島。丁度、ニューギニアと豪州本土との中間点に位置する、
トーレス海峡では2番目に大きな島。ほとんど、無人。
そこの一角に、私が働いていた南洋真珠養殖場の木曜島分場が、設置されていた。
時々、出張作業に行った。もう35年も前の話だ。

「エッ、何処に」

私はキョロキョロと、地面を見回した。静かに、と彼は立てた人差し指を、
彼のブ厚い唇に押し当てると、その指を頭上でグルリと動かした。エーッ、蛇は頭上に…。
半信半疑で、それでも黙って立っていた。

その日、無風。どれ位、立っていただろうか。
突然何処かで、ピキッ、と微かな枯れ枝の折れる音がした。
アイザックがニタリと歯を見せ、音のした方を指差した。

大きな蛇だった。ユックリと木の枝の上を移動していた。
枯れ枝に当たった時、蛇の体重の重みで、ピシッと枝の折れる音がした。
アイザックが、又、ニタリと笑った。

私は急に、この経験を思い出した。蛇だ。これは我が家の居候に違いない。
ジッとしておれず、トーチを探して、ソッと裏口から外に出た。音はもう、止まっていた。トーチの光の輪を、アチコチ植え込みの中に移動させてみたが、何の 姿もなかった。

確かにあれは、蛇だった。まアいいか。
その内一本ドッコの蛇太郎、ゴメンナスッテ、と顔を見せるだろう、と思いながら、
ベッドに戻った。

先日、64才になった。人間、寿命の先が少し見えてくる年になると、
人間も自然という大系の一部、という事が感じられるようになる。

ある者は草木を愛で始め、若い時、ワニや鹿のハンティングに出かけたり、
抜刀術の稽古に、猪やサメの試し斬りをやっていた私でさえも、虫一匹殺さなくなり、
体に落ちてきたヤモリの子を、ソッと戻してやるようになった。

人間の齢とは、不思議な技を持つものヨ。それが分かるからこそ、年をとっても、
安易に流れては駄目だ。精一杯、生きなくては、年をとった、示し、がつかぬ。

サテ、今日もこれから道場で、ひと汗かいて来る。
その後の一杯が、ヤレ、楽しみ、楽しみ。

関連記事

このコメント欄の RSS フィード コメントはまだありません »

コメントはまだありません。

コメントをどうぞ

トラックバックURI:

http://www.livingincairns.com.au/%e3%82%a8%e3%83%83%e3%82%bb%e3%83%bc/2006%e5%b9%b43-4%e6%9c%88%e5%8f%b7%e3%83%bb%e5%85%b6%e3%81%ae73%e3%80%80%e6%88%bb%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%8d%e3%81%9f%e5%b1%85%e5%80%99/trackback/

新着エントリー

新着コメント

RSSフィード

このブログのRSS
この記事/コメントのRSS