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「気」

2014年11月13日

ケアンズの癒しのパワーの正体は「気」だろうと、今では明確に言えます。

「気」という概念は、個人的には、存在や心の原体験などのハードプロブレムを考えて考えて考えて考えて考えて、ああもう駄目だとなっても考え続けてようやくまどろみを感じるもの。

そして、ヨガのような行法(ヨガは外部からプラーナを取り入れるという要素を持つ)を熱心に続けることによって、ようやく朧ながら感じるようになってくる経験的なものだと考えています。

過換気症候群がヨガのバストリカやカパラパティの呼吸ととても似ていることから、「気と過換気症候群に関する私見」という小論文を日本補完代替医療学会に投稿し、先日出版されました。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcam/11/2/11_111/_article/-char/ja/

様々な研究結果で、自然環境に抗ストレス作用があることが示されているし、逆に考えれば都市環境はニュートラルかストレッサーになっているだろうとも考えられます。

さらに都市環境の内容を分析してゆくと、都市環境でのいくつかのライフスタイル、例えば、嗜好品のコマーシャルからの影響や、ジョブストレス、体内時計のバランスが崩れやい生活などは明らかな健康リスクです。

このようなストレッサーがあると、せっかくケアンズにいても「気」がなかなか入ってこないのですが、ケアンズでは最近俗化が進んできているのが少し寂しいところです。

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facebook

2014年10月24日

以前、仕事の関係でfacebookに登録したところ、しばらくご無沙汰していた、高校、大学時代の同級生と再びコンタクトをとれるようになりました。

インターネットはすごいですね!

ケアンズにお住まいの方、ぜひインビテーションをお送りください。「三井康利」で検索して、チャイナドレスでカンフーパンダのポーズをとっている姉弟の写真が私です(^^)

 

facebookに、心医術でアンチエイジングに成功中の喜びの体験をのせたところ、健康法について詳しく、というコメントをいただいたので書いてみました。

書いていて、心医術が「好きなものを食べて痩せられるとか」、「簡単!たった3分で驚きの効果」とかそういう内容だったらみんな喜んでくれるんだろうなぁなどと思いました。

 

しかし、痛み無くして得るものなし、虫のいい話は世の中ありません。

 

============以下コピー=============

数年前は、精神と身体の関係を言うと、何かおかしなことを言っているくらいにしか受け取られなかったけれども、最近では少しづつ認知されるようになってきたような気がします。

例えば、当時は、腰痛の原因がストレスだ、なんていったら、頭がおかしい、くらいの反応でしたが、最近改定された腰痛ガイドラインでは、腰痛の原因としてストレスが明記され、しかも原因のほとんどをストレスが占めているのかもしれないという内容に変更されました。

数年前に開発したのは、おもに行動学、心理学、脳科学分野の研究を素材にして、応用した制心技術です。

病気を根こそぎ予防して改善するポテンシャルを持つのに、医学部では精神と身体の関係なんて一言も触れていなかったし、そういう療法がほとんど見当たらなかったので出版しました。

病気のほとんどは、高血圧や糖尿病は勿論のこと、難治性の自己免疫疾患、癌ですら、生活様式と深く結びついています。

言い換えれば、不適切な生活様式を選択させ、行動させるこころの働きが、病気をつくるとも言えます。

不適切な生活様式とは、常識ですが、酒、煙草、薬、脂や砂糖、運動不足、不適切な睡眠、時間に追われる余裕のない生活、等々です。

医者は勿論のこと、多くの患者さんも、知識や理性の領域では、こういうものが良くないもんだとわかっているのですが、情動の部分では、逆に良いもんだと判断しているため、こころの中で内的な葛藤が発生し、調和がとれていないのです。

心医術での、健康回復のまず最初のプロセスは、理性による自己調和です。

感情は支配されるのをとても嫌います。

だから、押さえつけるような自己支配ではなく、大切に扱い、丁寧に説得してゆく自己調和です。

理性による自己支配は、哲学的にはプラトンの時代からの試みで、歴史においては律法に形を変えて厳しく要求されてきましたが、律法を嫌う人も多いように、善いものに従おうとすると、別に他人にそうしろと言っているわけでもないのに、偽善者、ええかっこしい、上から目線、何様、ほか同じような罵りの言葉をかけられるでしょう。

感情は、とても繊細で、押さえつけようとするわずかな気配にも敏感に反発するからです。

理性と相容れずに対立し、反発し、この罵りの言葉を発するもの、それを心医術では、取り敢えず感情の要素の一つである情動からのメッセージと捉え、この対立の調和を目指ざしてゆきます。

理性も情動も、一個人という有機体を、よりよい生に導こうとするための働きです。

しかしながらそのために、こころの中に、アクセルとブレーキの、正反対の選択肢が提示され、強い精神的ストレスとなります。

その対立の原因のひとつは、判断の時間軸がやや異なるためです。

情動は今ここでの成功を、理性は、逆に今ここでの成功を犠牲にして、長期的な成功を望むことがあります。

人を動機付けるパワーは、情動のほうが圧倒的に強く、情動に従ったほうが精神的には楽なんですが、残念なことに現在の世の中での、成功や健康の実現という視点からは、理性に軍配が上がるようです。

社会心理学的な時間割引率の研究などから、我慢できる人は、我慢できない人と比べると、成功の機会が多いのです。

そのため、理性と情動が対立し、情動の言いなりになり続けると、とても生き難くなります。

こういうケースはストレスフルですから、心理的な抑えが利かなくなり、些細な刺激で怒りっぽい、突発的な行動に出るなど、健康を害するだけでなく、社会生活での成功からも遠ざかります。

社会と健康の関係は、一方向ではなく双方向で、社会生活での失敗も、健康リスクとなります。

社会と健康はクロストークしているためです。

そのため心医術では、情動を支配するのではなく、誤解を抱いた情動の言いなりになってしまっている生命を、理性の働きによって、情動も受け入れることができるような、よりよい生命を提案することによって、情動の誤解を解いてゆきます。

具体的にいえば、酒、煙草、薬、脂や砂糖、時間に追われる余裕のない生活等々の悪い習慣が良いものだと信じ込んでいる、情動の誤解を解いてゆくということです。

情動は頑固ですから、少しづつでしか信じようとはしません。

それどころか、さらに頑固さを増し、あらゆる手段、言い訳、懐柔を使い、主張を通そうとすることもあります。

情動は、理性よりも生命と深く結びついているため、注意深いのです。

そして、とても頑固なため、説得することには、途中で心が折れてしまう人がとても多いのです。

しかしながら、理性が意志の力に働きかけ、しぶしぶ従い、成功が繰り返され、理性の言っていることも正しいのかもしれないと、情動が理性に一目を置きはじめると、情動は心を開きはじめます。

不思議なもんで、そうなると、理性も情動もスムーズに表現され、お互いを助け合い、発達してゆきます。

理性に従ったほうが、今の世では、どうもメリットが大きそうなのだけれども、理性もまた完全ではなく、哲学的に限界が明らかになっているのですが、他に方法がないため、心医術では仕方なく、まずは科学論文でよりよいと考えられる行動様式を選択してゆきます。

方法の選択にも注意が必要で、お化粧でよく見せているような、胡散臭い健康法やデマのような、理性の視点からはもっともらしく見える錯覚は、直感的な情動の力で見抜くことができるようです。

そのため、情動(感情)を押さえつけてはいけないのです。

これを続けて内的な調和が取れてくると、理性とも情動とも捉えることのできない、道徳や利他性を志向する、尊重性や普遍性、超越性といった表現が適切とも感じられる意識が存在することにも気づきます。

そして、それに従うようになると、最終的には、理性と情動の調和が達成され、精神的ストレスが著しく減少します。

心医術による健康へのプロセスは大体こんな感じです。

心医術の方法を使えば、何も知らないよりは、ずっと楽にできると思います。

儲けは考えてなくて、全部売れても赤字なくらいなので、買ってね~

http://www.amazon.co.jp/%E5%BF%83%E5%8C%BB%E8%A1%93-%E3%82%8F%E3%81%8F%E3%82%8F%E3%81%8F%E3%81%99%E3%82%8B%E7%94%9F%E6%B4%BB%E3%81%A8%E5%81%A5%E5%BA%B7%E3%81%AE%E7%90%86%E8%AB%96%E7%9A%84%E9%96%A2%E4%BF%82–mag2libro-%E4%B8%89%E4%BA%95-%E5%BA%B7%E5%88%A9/dp/4434127284/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1414029332&sr=8-1&keywords=%E5%BF%83%E5%8C%BB%E8%A1%93

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失敗癖とこころ

2014年10月15日

心医術のステップの一つは、こころに染みついてしまっている無力感の消去です。

無力感というのは、ああ、自分はやってもダメなんだという心理の働きです。

これは、生まれてから現在までの経験の積み重ねで染みついてきたものです。

果樹園を作るのには20年かかります。

接木苗を使えば3年くらいで出来ますが、種からの実生苗には接木苗にはないロマンがあります。

人生すべてのモノが3分間のカップラーメンのようにすぐに完成するわけではありません。

自己啓発の人は「大きな夢に向けて今すぐ実行しなさい!信念があれば必ずできます」なんて甘くささやき、ある意味では正しく、ある意味では大間違いです。

達成するまで度重なる失敗にもこころが折れなければ、それは正しいです。

しかしながら、機が熟していないのに、未熟な野心から、自分の器量を超えるものにチャレンジしても大抵は失敗に終わるだけです。

それどころか、ああ、自分はやってもダメなんだという無力感をさらに強化します。

無力感の反対は、自己効力感です。

心医術では、こころをコントロールする方法で、やればできるんだという小さな成功体験を積み重ねることにより、無力感を消去し、種を育てるように丁寧にゆっくりと自己効力感を育ててゆきます。

それができたとき、「大きな夢に向けて今すぐ実行しなさい!信念があればできます」は大きな価値を持つようになると思います。

信念は成功体験の積み重ねから生まれるものだからです。

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果樹の楽園計画

2014年10月15日

畑はとりあえず自然が土壌改良をしてくれるのを待つだけになったので、次はフルーツパラダイスプランを進行中です。

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デザートの種からの苗ですが、ちょっと作り過ぎたような気がします。

 

自然に不足という文字はないのかもしれません。

 

こうなると、河原とか市有地に勝手に植えて、果実は誰でも勝手にとってOKっていう条例でも作ってくれないかなぁ…と思ってきます。

日本も、野良マンゴーとか野良パッションフルーツとか野良アボカドが育っているケアンズみたいになったら楽しいです。

 

竹藪は手鋸一本で開拓中!労働力はひとり。

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ここで出た竹はシュレッドしたり、枝を落とし畑の雑草除けや支柱に使います。自然は本当に無駄がないです。

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予算は今のところほぼタダを予定しています。

 

ここはとても見晴らしがいいのです。景色を眺めながら、自然の空気と果樹の花の香りを楽しみながら(柑橘系の花の香りは甘くて最高です)、フルーツを楽しめたらいいなぁ。

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種から果を結ぶのは、長いもので20年くらい。

20年後を楽しみにイメージします。

 

人生モノやお金じゃないですよ!貴いものは、すぐに結果の出るものでもないです。

創造的なイマジネーションとやる気と根気です。

お金は自分で出来ないことを人にやってもらうときの道具です。

道具に使われちゃダメです、道具は使わないと。

 

そして、そのイマジネーションとやる気と根気を引き出すのが心医術のパワーです。最近しつこいですか?

でも本当なんですよ。

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進行中のプラン

2014年10月04日

心医術のポイントの一つは、自然の中に身を置くことです。

人工環境から自然に身を移すことによって、転地効果という健康増進効果を期待できるし、森林の癒しの原因を木々が発するフィトンチットという芳香成分などとする研究結果もあります。

ですから、木々の香りを十分に楽しむのも良いでしょうし、ヨガを2,3年もやれば、大気から気を取り入れていることも感じるようになります。

 

そのためにケアンズはケアンズ療法になるのです。

 

畑は、実証が目的ではなく、たまたまの結果なのですが、畑が健康の改善に与えてくれた影響はかなり大きいです。

また、心医術を使うと、心身の働きがスムーズになり、無駄が減ります。

荒地から3年で、使っている道具はほとんどスコップ一本とレーキ一本。

種は自家採取できますので、お金がほとんどかかりません。

こちらはまだまだですが、思ったとおりの畑が出来上がりつつあります。

 

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少し散歩するだけでも色々と楽しめます。

 

色々な植物が調和を取って仲良く並ぶこと。

ここから見えるのは、バラ、にんにく、バジル、オクラ、ジャガイモ、枝豆、アスパラガス。

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茗荷、勝手に生えてきた山椒、ニンジン、ニラ、落花生、ミニトマト、タイム。

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ミニトマトと、なすのツーショット。

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茎も紫で美しいナスとコリアンダーと栄養満点のモロヘイヤ

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楽しませてくれる綺麗な花や果実。

ミニトマトの花と房。

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コリアンダーの花と実。

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ほとんど自給できたオクラ。

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ニンジンの花と種。

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シシトウ

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畑で取れた種から子孫をつないでゆく永続的な小宇宙を夢見ること。

にんにくの発芽

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こぼれ種からのニンジン

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視覚や味覚だけでなく、嗅覚や触覚、聴覚を刺激すること。

野鳥の鳴き声と、虫の音と、森のさざめきの中で、爽やか風にゆれる手触り最高のアスパラガスと豆の香りが漂う枝豆のパス。

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ところどころに、ミントやラベンダーのプランターを置きました。

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ケアンズでも一つ一つの植物に意識を向けてみてください。調和が取れていて癒されますよ!

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もう一つの実証

2014年10月02日

心医術を開発した時に、心医術のコンセプトを実行しながら、経済活動の中でもやってゆくことが可能だろうか?というテーゼがありました。

これを実証するために、健康と深くつながっている、住むところを提供する仕事を選び、一からはじめました。

まずは、5年間の結実をお見せいたします。(写真には写っていませんがアボリジニ画のタイルも埋め込んでいます)

 

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こんなに素晴らしい部屋を提供できるようになりました!

こちらも、まだまだ行きますが、ひとまず成功です。

 

不動産はいまもまだそうですが、内装のレベルは家賃になかなか反映されていない。

駅からの距離、面積による相場、管理や税のコストを計算し、修繕は退屈な部材を使い安く済ませ、利回り○%で家賃設定される。

住む人のこころなぞ考えていない、ところどころで見られる人間疎外がここでも見られます。

 

そのため、逆に考えました。

まず最初にこころがどうかを考える。これが心医術です。

とにかく、住む人のこころが癒されることを考えれば、うまく回るのではないか。

それを試してみました。

 

相手が必ずしも応えてくれるわけではなく、いろいろなトラブルもあって楽ではありませんが、綺麗に使ってくれる方が多く、感謝です。

 

今回の部屋は、自分で住むことができないことが悔しく、誠に悔しく、溜息が出て、次の入居者が羨ましくなるレベルに到達しました。

 

今回絵を描いてくれたのは、大場 乃明さん。有名美術館にも作品をおさめる実力派です。

モザイクタイルはノアさんのご友人です。

以前、コウノトリの絵を譲っていただいてから、しばらくして二女が生まれたりと、何と表現したらよいのか、宇宙とも結びついています。

というか、結びついていなかったら普通こんなの無理です。

今回はノアさんのお力によるところが大きいのですが、一翼を担えただけでもうれしいです。

 

壁画を描いてもらいたい!というかたがいらっしゃいましたら取り次ぎますのでご連絡ください。

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5年間続けたらこうなりました

2014年09月30日

いつも前置きが長くなるので、本日は心医術を5年間続けた効果からお見せしたいと思います。

 

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継続は力なり

 

 

年季の入った体組成計ですが、心医術をはじめる何年か前に購入しました。

もう随分時間が経ったので忘れかけていますが、以前は、体脂肪が20%超えでゲージのやや高い領域、筋肉率は低い領域、体年齢は実年齢プラス3歳程度だったかと思います。

 

昨日、ついに体年齢は20歳代に突入しました。

なお実年齢は42歳のおっさんです。

これからまだまだ行けますが、節目はとても嬉しく、まずは成功です。

 

筋肉を維持したまま脂肪が減り(←脂肪と一緒に筋肉も落としてしまい、ダイエットで健康を害する人も多いのですが、これはなかなか難しいのです)、体年齢はマイナス13歳になりました。

ゲージは5年前から逆転し、筋肉率はやや高い(ドットが点滅していて消えたときにシャッターが切れてしまったので標準に写ってます)、体脂肪率は低い領域に入りました。

 

 

いままでは、目に見える実証ができていないという点から、心医術のプロモーションも少し腰が引けていたのですが、一医師の視点から、満足できるパフォーマンスが実証されたので、そろそろはじめて行こうかと考えています。

 

 

心医術の販売価格を設定するときには、悶着がありました。

 

大体、付き合いのあるところが買ってくれて、200冊くらいは売れて半分ちょっとの赤字。

 

このくらいの傷なら、世のために腹を切ってもいいだろう。

 

うまくいったら1000冊くらいは売れてトントンになるといいなぁと思い、6000円位(←大体医学書はこのくらい)にしよう!としました。

 

医学書の相場を知らない妻から、高い!

 

世のためになるんだったらもっと安くしなきゃだめじゃないと、恐ろしい意見を突き付けられ、現在の価格になっております。

 

 

 

結果、大赤字です。

 

ちょっと腹を切りすぎちゃって傷が深いです。

 

 

心医術の利点は、圧倒的なコストパフォーマンスです。

 

これだけの効果が得られるのに、2000円しません。

 

オーストラリアドルは強くなったので大体$20くらいです。

 

激安です。

 

一生の医療費の節約を考えただけでも、十分以上の元が取れると思いますので、皆様に於かれましては、どうかご利用を心よりお願い申し上げます。

 

はっきり申し上げまして、6000円でも安いと思います。

 

 

効果のあるものは、高価なお金を払わないと得ることができないという考えが染みついている方も多いかもしれませんが、情報やノウハウに関しては例外もあります。

 

心医術を出版する際に一つ大きな問題がありました。

 

それは、理論だけの組み立てで、目に見える実証がまだだ、ということでした。

 

実証できていないにもかかわらず、出版に踏み切った理由は、これだけの科学的なエビデンスにより組み立てあれば、間違いなくよい結果につながるだろうという確信がありました。

 

本当に良いものは、一日一日の進歩がごくわずかで、効果が目に見えるまでの時間がとてもかかるのです。

 

そして、そのわずかな一歩一歩の進歩は日々、実感できていました。

 

確信していましたから、少しでも早く出版をすれば、縁があった幾人かを救えるかもしれないと期待したため、出版を急ぎました。

 

もうひとつの理由は、なかなか良い健康回復方法が世にないということでした。

 

医学部で習い、医師の仕事をしてきた経験からでは、自分自身すら健康にする方法がわからず、健康に良いという知識があっても、効果が限定的なものが多く、遊園地の電車のような目的地がよくわからないものに、自身を乗せようとは、なかなか熱心になれなかったのです。

 

そのため、この問題を解決すべく、健康という終着駅に辿りつくことができる路線と、そのレールから脱線することのない運用システムを本当にじっくり取り組み、開発いたしました。

 

 

それが心医術です。

 

 

今回、やっと効果をご紹介できる時期になり、嬉しいです。

 

 

なお、熱心に何年も続けてくれている人が知るところ自身しかいないので、サンプル数が少ないという点は突っ込まないでください。

 

今後、実行してくれる方が増えれば、 良い結果も積み重ねられてゆくだろうと、こちらも確信しております。

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人生初の入院

2014年08月13日

後厄の影響か?

2週間前の週末、取り壊す旧大学病院にお別れを告げたあとから40℃以上の発熱。ウイルス性筋炎→横紋筋融解で手足に力が入らず寝たきり状態になり、人生初の入院をしました。

意識は朦朧として目を瞑ると虹がかかり、すごく綺麗な景色が見えて、ああ、ここにいくのかと、なんとなく思いましたが、娘がくれた絵を思い出してこっちに戻ってきました。

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力が入らず通勤できないため入院しましたが、主治医自分で、どうせウイルスだから薬は効果ないか逆効果だし、点滴も嫌いなので、食種のコントロールで自然治癒し昨日退院しました。

デトックスになったのか、いままで検査値の中で唯一150台で微妙に高かったLDLコレステロールは120台で正常になりパーフェクト。体重計のからだ年齢は1歳若返り30歳になりました。もうすぐ20歳台に突入です。

自然治癒はいいですね。身体に対する信頼感が増すし、痛みもきちんと味わえば再発は懲り懲りなので身体に悪いことはやめようとより注意します。

家族は優しいし、いつも働いている病棟の看護師さん、ヘルパーさんはとても親切で、同僚の先生方も代診やるから無理しないでと、温かい皆様に囲まれ幸せものです。

皆様におかれましてもどうかお身体にお気をつけてお過ごしください。

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自然と人間

2014年05月04日

「人間も自然の一部だ」というテーゼをたまに目にしますが、どうでしょうか。

言葉は魂を持っていますから、正しく使わないと辻褄が合わなくなります。

「自然」のもともとの意味は、「人為によらず存在する事象」ですから、人が入り込む余地はありません。

ただし、人為ではなく、人の本質や純粋存在は含まれるのかもしれませんし、最近は、ヒトをホモサピエンスという一動物種としてとらえれば、自然に含まれるという考え方もあるようですが、どうもすっきりしませんね。

人には動物とは違うという意味が込められているからでしょう。

 

一度、人であるという感覚を停止(エポケー)してみましょう。

そもそも、自分が人であるという感覚は、どこから生まれるのでしょうか?

人っていうのは、必ず一番上に頭があって、少しづつは違うけれども、たいてい顔の同じような位置に目や鼻や口があり、特別な事情がなければ手足のついた身体がある。それらを一部備えていない人もいるけれども、それは何か特別な事情があったからだろうから、やはり人だろう。同じような形を持っていても、工場で作られるのはロボットだ。人は母親の胎内で育ち、生まれる。ああ、でもそれは必須条件ではなくて、将来技術が進歩して、人工的な環境で受精卵から育っても同じ人だろうなぁと感じるわけです。

人は万物の霊長であるとも受け入れられているから、それに見合った行いをしないと、人で無しのように見做されたりもするわけです。

つまり、多くの個々の存在から、外面的、内面的、意味的に人であるために共通の条件を抽象して、ある一定の条件を満たせば人と判断されるというのが、初歩の認識論です。

これをエポケーすると、ありのままの自分に近づき、精神的な治療効果があるのではないかと考えています。

ヨガの目標である、ブラフマとアートマの一致に、ほんの少しだけ近づくような気もします。

 

畑仕事はいいですよ。

 

人という概念を捨てた自分が、環境の中に組み込まれる一体感を感じることが出来ます。

 

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人為を最小限に、湧き水と雨水からのビオトープと、高低差を利用して灌水する、遊歩道と灌漑水路兼用のハイブリッドスウェイルを整備しています。水の気持ちになって水路をすすめてゆきます

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ケアンズもいいですよ。

 

せっかくケアンズに来たのだから、全く人の気配、人為がないところを訪れてみてください。

人という感覚が小さくなりますよ。

 

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それがケアンズが与えてくれる癒し効果のひとつだろうと考えています。

ここのブログをはじめた5年前(もう5年も経つのですね!)にも同じようなことを書いていましたが、少しはわかりやすくなってきたかな?

http://www.livingincairns.com.au/%E5%8F%A3%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0/%E3%80%8C%E5%80%8B%E3%80%8D%E3%81%AE%E7%AF%84%E5%9B%B2/

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10歳以上のアンチエイジング

2014年04月03日

たまには『心医術』の効果をご紹介します。

アンチエイジングがすすみ、現在、実年齢-11歳。

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まだまだ行きます!

花粉症も薬を飲まなくても耐えられるまで改善。

パワフルに効きます。

コアランドバイザシーさんとパウチさんに置いてくれてあるかもしれませんが、まだあるかな?

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お世話になっている先生が本を出版されました②

2014年03月18日

保坂先生のご著書を拝読させていただくと、色々な想念が浮かび上がります。未消化であるためでしょうから、浮かび上がってきた想念を一つ一つ感想として述べ考察してゆきたいと思います。

子育てのエッセンスは「母さん、佳く愛して」という題名ですべてが述べられていると考えます。これができればまったく問題がないのですが、長い時間もかかったと思いますし、労力を払ってご出版されて、世に知らせなければならないというのは、世間がそうなっていないということです。そして、良い方向に向かうための方法を先生のご経験から突き詰めてゆくのが今回のご著書です。

どうして、自然な母性が表現できない世間になってしまったのだろうという胸が痛くなるような悲しみや嘆きがまずの感想です。

その根は、明治時代の選択にあったのではないかと考えています。大砲を向けて、友達になろうなんていうのが来たのだから、そう選択せざるを得なかったと思いますが。

保坂先生は本文の中で留学して西洋文化に触れた夏目漱石と福沢諭吉を引き合いに出されています。自身の中で夏目漱石で一番印象に残っているのが枕草、福沢諭吉は脱亜論です。

西洋の認知メカニズムは創造主を設定しないと、必ず理論破綻をきたします。合理主義が西洋の美徳の一つなのに、合理的に物事を進めたり、また、原因の根を突き詰めてゆくと最後の最後で矛盾に突き当たります。創造主が必要なのに、ニーチェが言ったように、神が死んでしまったのであれば、認知の拠り所を失い、ひどい混沌と無秩序でパニックに陥いるわけです。無神論者の合理主義者はよく鬱になったりパニック発作を起こしたりするかもしれません。

枕草の冒頭で、夏目漱石は、この時点で哲学者は先に進むモチベーションがなくなるのですが、人の世は神ではなく人が作ったといっています。実際のところは神は死んではおらず、西洋文化の根底に深く根差しています。しかし、当時においてこれを認めることは、キリスト教が禁止されてきた歴史を含めて考えるとタブーだったのかもしれません。しかしながら、このあたりが夏目漱石が生涯にわたって胃潰瘍まで患い悩みに悩んだ原因であると考えています。

一方の福沢諭吉は、アジア隣国との関係を嘆き、欧米を志向してゆくのですが、たしかに脱亜論を読めば全くその通りで、何の疑う余地もなく正しいことを言っています。しかしながらここでもキリスト教的な隣人愛を育まぬまま欧米の物質的な繁栄だけを望むならば、歪なものになるでしょう。では、その欧米が隣人愛を実践したかといえば、そうは見えず、先住民を動物に見立てて狩りをしたり、口を便器に見立てて用を足したりと、そんなことをして何が楽しいのか理解に苦しむことをしていたわけです。隣国は頼りにならず、欧米に肩を並べなければどういう仕打ちをうけるのか、簡単に想像できるわけです。

当時の記録を見る限り、その残虐性は同胞にまで及んでいたようです。たとえば、禁止のために子供の手が腫れ上がるまで叩くのみならず、背中を鞭で叩きつけるという記録が残っています。では明治時代以前、江戸時代の子育てがどうだったかといえば、以前の記事でも紹介しましたが、ツュンベリーの『江戸参府随行記』よると、以下のような子育てです。

「注目すべきことに、この国ではどこでも子供をむち打つことはほとんどない。子供に対する禁止や不平の言葉は滅多に聞かれないし、家庭でも船でも子供を打つ、叩く、殴るといったことはほとんどなかった。まったく嘆かわしいことに、もっと教養があって洗練されているはずの民族に、そうした行為がよく見られる。」

キリスト教的な愛は、反省し悔い改めればどこまで赦してくれる深い愛が根底にあるため、自らの過ちを素直に認めることもできるわけです。

最近の心理学の論文を見ると、他人を傷つけることによって自らも傷つくことが明らかになりはじめ、歴史に気づき過去を反省し修正してゆく時代に入ったようにも見えます。

そして、これは子育てにも反映されはじめている歴史の流れを感じています。

江戸時代には、現代の脳科学や心理学の成果を取り入れている教育者が目指す教育が、実際に行われていたわけですが、、ケアンズでもこのような方針で教育を行っているスクールが多くあるのではないかと思います。

佳く愛するという具体的な方法は、まだ日本の風土と生活の営みが結びついていたころの江戸時代の子育てに回帰するのではないかと考えています。

それだけでなく、明治以降選択してきた認知メカニズムのなかで子供を育ててゆくには、これも以前の記事で触れましたが、両親は聖母様のようなキリスト教的な愛をもって子供に接することが必要なのでしょう。

ケアンズでは、お母さんの和やかな表情に出会うことがとても多くて、そういうお母さんの子供はとても安心しているのを思い出しました。

次回はこのあたりを念頭に置きながら考察を深めてゆきたいと思います。

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お世話になっている先生が本を出版されました①

2014年03月17日

何ヶ国語も話せる友人、知人が何人かいますが、共通しているのは生まれて間もなくそれらの言語に接していたということです。

現在の脳科学は科学的な側面から ストレスフリーな言語習得ストラテジーを明らかにしています。音を聞き分ける能力は1歳になる前に完成してしまい、神経に軸索ができる7歳くらいになると可塑性が低くなり(簡単に言えば頭が固くなる)、バイリンガルと同じ脳の領域を使った言語習得が著しく難しくなります。

言語習得のタネはたったこれだけです。

親のちょっとした知識と実践で、子供は一生の能力を身に着けることができ、そうでなければ、あとあと成績が悪いと努力が足りないなどと尻を鞭打たれることになり、子供は本当に苦労します。心医術も外来の短い時間で到底説明しきれる内容ではないので、もうどうにかしたくて自腹300万円を切って出版しているのですが、保坂先生もご出版は大変であったと思います。こういう科学者とか教育者の努力や苦労に世間さんは本当に耳を閉ざしていて、もう本当にどうして火に飛び込むような向う見ずなことばかりに引き寄せるのか日々悲しい思いでいるのですが、ここではっきりといいます。

言語も健康も同じ。早い時期に手を打たないと手遅れになります。

少しボヤキが入りましたが、話を戻します。

私の時代の英語教育は、中学から始まりました。多くの同世代の方々が経験したであろう意味不明な退屈な暗号との格闘です。人間の自然生理的な性質にとって無理のある詰め込み教育を強いられ、落ちこぼれたり、優劣がつくような子供を萎縮させる職業訓練的な教育にはもううんざりしています。最近では小学校3年生くらいから英語教育を始めるようになるそうですが、どうなるでしょうか。3年生からでも遅いと考えているのですが・・・。

というのも、幼稚園か小学校低学年くらいの時だったと思います。両親がカセットテープの英語教育プログラムを購入してくれました。何度かトライしてみたのですが数十秒も耐えられず、もうお蔵入り。立派なケースのふたを開けると、12本くらいのテープが並んでいたのですが、最初の1本目だけが使用され、あとの11本は新品そのままという光景がよみがえってきます。

このような理由から、子供が生まれて間もなくから環境の中に多言語を取り入れるよう心がけました。そして、その一環として、近所にありました「ほさか英語教室」にお世話になりました。

前置きが少し長くなりましたが、幼少からの英語教育を、本当に長い間続けてこられた保坂先生より、「宇宙時代の子育て 母さん、佳く愛して(セルアファのすすめ)」が出版されました。45周年を記念!!したご出版とのことです。幼少からネイティブと同じ言語環境の中の英語獲得を目指すという教育方法は、今でこそ色々なところでみられるようになりましたが、45年前を考えるとパイオニア的存在でご苦労も多かったことだろうと思い頭が下がります。

題名から、ただ単純に英語能力を獲得するだけでなく、子供の健やかな人格形成を願った教育を提供したいという先生の気持ちが伝わってきます。

こちらでもKeikoさんがブログでケアンズでの子供の教育についてよく触れられていて、興味深く拝読させていただいていますが、ケアンズの教育方法は日本の教育とはだいぶ違ってノビノビやっているなぁと感じています。

ケアンズの教育と似ているところ、他いろいろと感じるところがありましたので、長くなりそうですので何度かに分けて感想を書いてみたいと思います。

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愛と恋②

2014年01月21日

Youtubeに色々な動画がアップされているのを発見してから好きだった映画のハイライトを楽しんでいます。

「ロシアより愛をこめて」の日本語字幕にピンとこなかったのですがこんな感じではないでしょうか?

 

https://www.youtube.com/watch?v=QcFKwoM0548

 

「ロシアよりあなたを大切にしたく、切ない気持ちとともに遠くにいるあなたの元へ向かう。

時間がたって、あなたと別れたときよりも分別がつくようになった。

あなたと別れてから気を紛らわすために世界中を傷心旅行したけれども、かえってあなたの元に戻らなければならないという気持ちで一杯になった。

ポッカリ空いたこころの隙間を埋めるために、色々な景色を眺め、場所を訪れてほかの女性や人達と一緒にいると、つかの間は微笑むことはあったけれども、あなたのことがずっと心から離れず、ふとしたときに浮かんでは消え、思い出してしまう。

あなたにノーといわれて、永遠に失ってしまうのが恐くて、舌足らずだし、未熟なプライドもあって意気地が無くなるかもしれない。

とにかくロシアに向かおうと思うけれども、また以前と同じように、あなたに気を使わせてしまうのではないかと心配になった。

しかし、こんな行ったり戻ったりの優柔不断な葛藤はもう終わりにした。

ロシアより愛をこめてあなたの元へ向かう。」

 

先日愛と恋という記事を書きましたが、最高の心理の働きをあらわすためには、科学や哲学だけだと味気なくて、芸術もないとダメですね。

 

ところで、ケアンズで結婚式をさせていただきましたが、ケアンズの結婚式はいいですよ!

 

(引用の範囲だとは思うけれども、せっかく訳したのでブログに使わせていただこうと考えまして、一応20世紀フォックスに使用許諾を確認したところ、版権元不明とのことでした。著作権者様へ。問題があるようでしたら削除いたしますのでお手数ですがどうかお知らせください)

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自己啓発のパワー

2014年01月09日

自己啓発はデリケートなので、今回は少し長いです(^^;

先人の格言を尊重したり、成功者の習慣から学ぶような自己啓発があります。肯定や実践する人の多いこともさることながら、自己啓発に対する批判も激しいものです。

こころには、よりよく生きたいと願い、現在の自分を壊そうとする勇敢な選択がある一方で、より悪くなることを心配し変えずに守ろうとする強く固い選択もあります。これらのどちらも面倒くさくてかったるく無関心を貫く選択もあります。

尊いものは、たいてい理性の承認を飛び越えて、ひとつの器に相容れない正反対を内包しています。

とはいっても、生まれながらの感覚的なものだけに流されて生きていると、実社会の中では不幸な人は不幸なまま、幸福な人はずっと幸福というふうな、よくある光景に出くわすわけです。

心医術は、現在の健康状態に不満を持ち、健康になるように理性と意志の力で自分を変えたいと決心した方に贈るものです。

そういう意味では心医術は自己啓発ですが、知識や意志の力だけでなく、情動という感覚的なものの双方を大切に扱っています。医学や理性に限界がある一方で、情動には限界という概念があてはまらないものの進化論でいえばアナクロで現代の人工的な社会生活とマッチしにくいことがわかっているからであり、どちらも不完全だからです。

自己啓発が出てきたのは、歴史の中で人間は自分で自分のことを変えることができることに気づいてからです。

現代人の認知・感覚と、過去の先人の認知・感覚が同じととらえるならば、それはひどい勘違いです。多くの人々が自分で自分のことを変えることができることに気づいたのは、歴史の中ではつい最近のことです。

それに先に気づいた少数の人々が大多数を差し置いて実践し大成果を占めてきた!というのが引き寄せの法則ですね。

世に広まるきっかけとなったのは、1900年代はじめにニワトリを観察した行動学の論文などではないかと考えています。

先日、子供と一緒に鳩にえさをあげていて、この論文の存在が頭に浮かびました。

米菓を一握りパラパラと放り投げると、我先にと鳩が群をなして集まってきます。

そこには序列があります。

体格の大きい個体が先頭をきり、中くらいのが中間を占め、痩せ細った小柄な個体は最後尾でウロウロしています。小柄な鳩は、やっとのことでえさにたどり着いたかと思えば、不慣れなのか可哀想に啄ばむのも下手糞でポロポロ落として横取りされたりで、なかなか口にすることができません。

それならばと考え、まず大きな鳩をえさでひきつけ、それを見計らって小さい鳩の目の前にえさを落とすと、それに気づいた中くらいの鳩と競いながらも、なんとか一粒口にすることができます。

えさをとるのが下手な小さな鳩にも行き渡るようにするのは一苦労です。

生まれつきの得手不得手か、もしくは偶然にもえさのとり方に早く気づいたのか、それだけのことで体格には大きな格差が生まれます。そして時間の経過とともに、より大きな鳩はより肥え、より小さな鳩はより貧弱になってゆくと考えられます。

自然には、体格の違いからくる優劣なんぞの良し悪しはないのでしょうが、人間にとっては良し悪しがあります。

人間にとっては、こういう格差の比較が、矮小な優越感や安心感からくる目暗ましの喜びだの、劣等感や嫉妬心や復讐心からの悲しみや怒りの根になっていると考えられます。

あまりよいものとは思えません。

いままでから現在までの境遇から自分自身のパワーで抜け出してやろうと将来を志向するのが自己啓発です。

先に紹介した行動学の論文で、次のような観察から、どうやら人間は意志の力で自分自身を変えることができるのだろうと考えられるようになりました。

ある研究者が、ニワトリの体格とえさの選び方に注目しました。量ではなく、質の問題です。体格の良いニワトリは、えさの選び方がうまく、体格の悪いニワトリは、えさの選び方が下手。

次に、研究者は、それならば体格の良いニワトリが選んだえさを、体格の悪いニワトリに与えてみよう!!と閃きます。

その結果は、おそらく皆様の予想通りで、体格の悪いニワトリの体格が改善されました

生まれながらの動物的カンのような、感覚的なものだけを頼りにしながら生きていると、行動パターンが同じだから、境遇はあまり変わらない。幸運なニワトリの境遇に生まれ、満足しきっている人は変わらくても結構なのだろうけれども、不満を持っているもう一方はずっと辛さを味わうことになってしまう。

ニワトリは研究者の介入によって、(人間の価値観では)より良く変わることができたわけですが、人間は自分自身でそれができます。

これが、自己啓発のパワーです。

そのパワーが矮小な野心が動機であったり、達成が歪んだ優越感や安心感と結びつくと、碌なことにはならないのですけれどもね。また物質や有限の世界では、そのパワーを利用して皆が同じようなものを欲しがると、これまた碌なことになりません。

変えなければならないような境遇が動機でもあることから、不満に強くスポットライトが当たることによる心理的オーバーロードも起こるかもしれません。未来の理想に恋焦がれると、現状とゴールとの距離感が強調されるためです。

そのため、そのようなときには忍耐の一文字が要求されます。

自己啓発はこころに働きかけるがゆえ、こころが鍛えられるのです。

自己啓発に出会うことや、動機までもが予定されていたという予定論、運命論もありますが、それはまたいずれ・・

これらが自己啓発の批判の理由になっているのかもしれません。

しかしながら、こころを耕すのは無限であり、こころの成長と開放を味わうのもとても心地よいもので、誰の迷惑にもならないように思えます。成功者に向けられる、他人に起こる幸運を妬む気持ちまで含めて考えれば迷惑が及ぶかもしれませんが、こういう気持ちも自己啓発の妨げになり克服してゆかなければならないものです。

最後に自分で自分を変えるなんてことに縁がなかったとしてもチャンスが全くないわけではありません。世知辛い世の中にあっても、苦しい境遇を何とかしてあげたいという目に見えない応援などの、愛や慈悲のような救済の後押しがあることも決してお忘れなく。

なぜそんなことがいえるのかという理由は、自身の振る舞いが野暮ったく下手糞な鳩ですのでよくわかるのです。

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こころの中の激しい戦争

2014年01月07日

心医術をはじめると、こころの中で面白い変化が起こります!

 

理性に押し殺されていた情動が息を吹き返したり、情動の言いなりになっていた理性が勇気を取り戻すからです。

 

心医術では理性や意思の力をエンジンに用いていますが、理性を使うメリットは、理性を使うと処世がとても楽だということです。

常に理性で物事に気を配り、堅実であるならばあまり大きな問題が起こらないように社会がデザインされているからです。

 

ところが厄介なことに、人にも獣にも情動が備わっているのですが、情動は理性に従うことをひどく嫌います。

 

理性を引き立てると、しばらくは焼餅を焼いた情動と、上から目線の理性の激しい戦いが起こりますが、そう長くは続きません。

 

理性の徳の一つは自己反省。理性が理性でもって限界を自己反省できるようになると、理性があまりでしゃばらなくなってきます。

一方で我侭な情動も、理性にあまり逆らい痛い目に合うことが繰り返されると、情動自身の情動的経験によって控えめになってきます。

 

こころの中で、激しく自己主張をしてぶつかり合っていた理性と情動が、お互い同士で長所を認め合い、それぞれの短所を補い合い調和を取るようになってきます。

 

心医術をはじめると、間もなくこころの中でこのような激しい戦争が起こりますのでご注意を。

 

理性と情動は、なあなあで冷戦を続けているよりも一度大喧嘩をさせてみるといい。

 

喧嘩を乗り超えて分かり合えた仲間同士は、一生仲良く寄り添うことができることでしょう。

 

そして、こころの中に理性と情動の喧嘩を冷静に眺める目があることにもまた、気づくようになるでしょう。

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愛と恋

2014年01月01日

明けましておめでとうございます。

 

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本年のテーマのひとつは言語的認知の歪みを徹底的に直そう!と思い、約1500ページの国語辞典を一日5ページづつ目を通してゆくことにしました。

一年弱で一通り完了です。

 

さて、スピリチュアルの領域で良く使われる言葉が「愛」。

国語辞典の最初のページに出てきます。

 

最近のスピリチュアルに触れると、愛がどうも歪んでいて、本当にこれでいいのかなぁと感じることがあります。

 

愛は明治時代に入ってきた概念で、それまで日本人の情緒表現で最高のものは「恋」でした。

愛は辞書では、胸がいっぱいになるほど切なく、好きで、大事にしたいと思う気持ちと記載されています。

一方、恋は男女の間で、相手のことが好きになり、いつも一緒にいたい、独り占めにしたいと激しく思う気持ちとあります。

ニュアンスの違いがわかりますか?

最高の愛は、キリスト教的であり、無境界で無限に広がってゆく指向性を持ちますが、最高の恋はただ一人の異性に収束してゆく正反対の性質を持つ印象です。

世間では、愛と恋がごちゃごちゃ混同していて、恋が愛にすりかえられ、愛が窮屈に閉じ込められているのを感じます。

独占は愛ではなく恋。そして、恋もまた愛に負けず劣らず激しい。

しかしながら、愛をずれたフィーリングでいってみたり、恋は愛と誤解され、愛ほどに認知されなくなってきているような・・・

そして、相手を独占しようとする恋が、今の社会では悪であるかのような・・・

 

大切にしたいという気持ちがないのに(少し極端ですが)、「僕はあなたを愛しています」といったら嘘。

嘘ですから決して伝わらないでしょう。

正確には「僕はあなたに恋をしています」こう伝えれば正しく伝わる。

受け入れられるか拒絶されるかは時の運ですが、後腐れは少ないでしょう。

 

心医術はプラグマティズムなので、肯定的な感情として愛情を取り上げています。

例を挙げると、自分の子供が切ないほどに大切だから、他の子供たちも同じ。この末広がりが愛の働きです。

そして、こういうこころが健康を作るのだと、脳科学、心理学、精神免疫学領域の論文を組み立ててゆくと道筋が見えてきます。

プラグマティズム的な、健康のために愛を利用するというのも、もはや愛ではありませんが、微妙なニュアンスをわかっていただけるでしょうか。

 

そして、外来思想は安っぽいと判断されがちですが、日本の風土で愛は根付いてゆくでしょうか。

 

言葉を正確に使うようになると、認知が言葉に固定されてしまうリスクはありますが、無意識の意識化がすすんで、モヤモヤが取れてスッキリしますよ。

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一所懸命という言葉

2013年12月16日

今年もあとわずかですね。

厄年ということもあり、あまり外には出ず、無理をせず、歪みを整える年にしようという方針で過ごしてきました。

一番どうにかしなきゃならんなぁと感じていたのが、畑。

もともとは大荒地野菊なんてのが勝手に生えるほどの原野でしたが、その大荒地を昨年はエノコロ草に占領され白旗をあげて(そのわらを有効利用する戦略でもあった)、1時間とか2時間の時間有給を取りながら、今年はなんとかここまで整地しました。

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無農薬、無施肥で収穫も増えています。収穫しても増えているということは、大地に無理をさせていないということなので、嬉しいです。

 

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こういうことをやっていると、不思議と日本語の本当の意味もわかってきます。

日本語は土地と生活と感性が結びつき、一つ一つの言葉が情緒に溢れていて、本当に美しいですね。

 

一所懸命という言葉がありますけれども、懸命っていうのは、命(≒命令)を懸けるという意味で、もともとは領主から託された一所というでした。

その託された一所を原野から開拓して生活の基盤として守りながら、それが同時に国造りにもつながる。祖先は武士でもあり、開拓農民でもあったわけです。

自分の手で、雨で固まり根で絞まった大地に鍬を跳ね返されて苦労してみないと、こういう感覚はなかなかわからないですね。

それがいつしか、一生懸命になって、一生を懸命された。どなたから???って思うわけです。

そして、スカスカになってただ漠然と一生頑張るになってしまいます。

 

子供たちも楽しく一所懸命、落ち葉集めをしてくれます。こんなに小さいのにもう一所を支えてくれています。

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この落ち葉は、腐葉土になり、畑に循環し、野菜や果物として頂きます。

 

言葉が理解できるようになったから、祖先の営みの積み重ねや今の日本という国土に敬意も湧き出てくる。

日本の生活は、土地や草木といった自然と、食事や教育や療養や娯楽といった生活と深く関わってきたことがわかります。

そのスムーズな気の流れが、健康ということと確信しています。

 

言葉っていうのは大切にしなければならないとしみじみ感じます。

 

こんな感じで今年は自分に託された場所で一所懸命やっておりました。

 

来年は後厄。

引き続き、一所で頑張りたいと思います。

皆様、良いお年を!

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生まれる前と本当の自分

2013年12月13日

3歳の息子と二人で山小屋に向かう車中は本当に幸せな時間ですが、以前に息子が楽しかったときの事をバックミラー越しに話していたら、かなり前のことまで本当に良く覚えていました。

どこまで遡ることができるのか、退行催眠をやってみました。

・・・・・・・

「ところで、ママのお腹の中のことは覚えてる?」

「うん、えいくん一人で寂しかった・・・」

「他には誰もいないの?」

「うん一人」

「お腹の中はどうだった?」

「暗かった」

「声は聞こえた?」

「ママの声は聞こえたよ」

「パパの声は?」

「聞こえなかった」

「ママの声だけ?」

「うん」

「そうか、ママのお腹の中に入ったときのことを覚えてる?」

「うん、明るかったので入ってみたの」

「お腹の中は暗いのに、何で明るいの?」

「・・・・・・わかんない」

「どうして入ろうと思ったの?」

「・・・・・・・」(特に理由はないらしい)

「お腹の中は苦しかった?それともいい気持ちだった?」

「いい気持ち(^^)」

「生まれてくるときはどうだった?」(←安産だった)

「痛かった」

「すごく痛かった?我慢できないほど?」

「ちょっと痛かった」

「どこが痛かったの?」

「頭と肩と、あと足が痛かった」

「生まれたときは苦しかった?」

「気持ちよかった。でもえいくんえーんって泣いたの」(本当に覚えているのか?)

「生まれたらどうなった」

「明るくなった」

「そうそう、お腹の中に入ったときのことはどうだった?」(再現性があるかもう一度聞いてみた)

「さっき言ったじゃん」

「もう一回教えて」

「明るかったから入ったの」

・・・・・・・

息子はまだ嘘をつくことをあまり覚えていないので、誕生のイメージを表現するとこうなるのでしょうか。

息子と話していると本当に色々なことに気づきます。

最近は、おもちゃの線路をうまく接続できず四苦八苦していると、「線路がえいくんの言うことを聞いてくれないの」と助けを求めてきます。

思い通りにならないのではなく、言うことを聞いてくれないなのですね。線路にも意思があるような言い方です。主客の区別がまだはっきりしていないのでしょうか。

他には、「くっせーーーー(~o~)」とかよろしくない言葉を使い始めたので、「どこでそういうことを覚えたの?」とたずねると、「神様がえいくんにCDを入れたの」と答えます。

善悪の判断がないので、神様というよりも、隠れ身様とか、霊のほうがより感覚に近いのでしょうか。

本当の自分と、外部からの影響の区別もまだよくついているようです。

心医術を開発したときに、情動とは生まれたときから(ある意味では先祖から)の総決算であることから、成長過程において魂を大切することの大切さを理解しました。

そして、アボリジニはこういう魂を大切にする子育てをしているんですね。
だから、いろいろなものと結びつくことができるのだろうと考えています。

 

日本でも江戸時代にはそういう子育てをしているのですね。アボリジニと昔の日本の子育ては少し似ています。

 

ツュンベリーの『江戸参府随行記』よると、

「注目すべきことに、この国ではどこでも子供をむち打つことはほとんどない。子供に対する禁止や不平の言葉は滅多に聞かれないし、家庭でも船でも子供を打つ、叩く、殴るといったことはほとんどなかった。まったく嘆かわしいことに、もっと教養があって洗練されているはずの民族に、そうした行為がよく見られる。」

 

子供にかけるべき言葉は「ダメ」ではなく「いいよ」。

 

子供たちには、ずっと本当の自分を見失うことなく成長してほしいものです。

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アボリジニの文化で懐かしい気分になるのが不思議でした

2013年12月11日

今回の旅行では、ジャプカイ・アボリジニカルチャーパークに行って参りました。
(いつも写真が少なくて申し訳ございません。整理しましたら少しづつアップします。)

入り口から入るとオーストラリアの赤です。新婚旅行で訪れたエアーズロックが懐かしくなります。

通路を過ぎると、広いホールにアボリジニの絵が飾られています。

アボリジニの絵や文化に触れると、何か懐かしい気分になります。

最近、エピジェネティクスの領域で、親が生まれた後に経験した後天的な情動も遺伝することがわかってきているので、先祖から引き継がれてきた心の奥底にある何かに響くのでしょうね。

最初のショーではディジュリドゥの演奏で歓迎してくれます。

音を耳で聞くもんだと思っている方は是非この演奏を聴いてみてください。

音波によって身体全体が振動しているのがわかります。

もちろん鼓膜が一番良く振動していますけれども。

音は耳で聞いているのではありません。全身で感じているのです。

 

 

次のシアターでは、ジャプカイ族の天地開闢の物語、ドリーミングに触れることができます。

キリスト教の創世記、科学のビックバンと同じようにジャプカイ族にも天地開闢の言い伝えがあるというナレーションからストーリーがはじまります。

われわれはどこから来たのかという哲学での大命題ですね。

タルムードは、こういうことを考える者は生まれてこないほうがよかったと説いていたり、釈尊は、毒矢のたとえの方便で、どうせ考えたってわからないんだから、そんなことに貴重な一生の時間を使うなと説いています。

こういうことが説かれているということは、それだけ自分の故郷を知りたいという人間の欲求は相当に強く、時代や人種に関係なく共通しているのでしょうね。

現在でも数千億円もかけて粒子加速器などが造られ、おそらく自分の故郷を知りたいという強い欲求からくるものでしょう。

人類の起源説は、アフリカ起源説や、オーストラリア起源説もありますけれども、アボリジニの文化に懐かしさを感じるということは、自分はアボリジニにも起源を持つのかもしれないし、日本の天地開闢を記した古事記ともとても似ていますので、似ている故郷に共鳴しているのかもしれないなぁなどと感じていました。

次は屋外ステージで、歌とダンスのショーです。子供たちも大喜び。

日本に帰ってからも突然思い出すのか「う~~~~~~~~~~~~ふぅ」と歌っています。

アボリジニが使うブーメランやハーブのレクチャー、ボディーペイント、槍投げとブーメラン投げ、ストーンペイントなども楽しめ、とても楽しく良かったです。

何よりもアボリジニの絵は本当にいいですね。

心にスッと入ってきて、治療的な働きを持つように感じます。

2時間ほどで一周して、色々なイベントを楽しめますので、開始時間をチェックして訪れてください。

ナイトショーもあり、翌日はこちらも体験して来ましたが、子供もとても楽しんでいました。昼とはまた違った雰囲気でとても良かったです。

異文化にこんなに簡単に触れることができるっていうのは、本当に幸せで有難いですね。

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ヨガって何?

2013年12月05日

厄落としも終わった?ことだし、そろそろまたがんばって記事にも復帰していこう!と思っております。

ケアンズ滞在中は、ほとんど毎日ヨガをやっていましたが、ハタヨガをやると、飛行機の移動や不適切な飲食物で固くなったからだがほぐれて行くのがわかります。

特に飛行機はすごいですね。数時間おきにアルコールを勧められ、チーズ、デザート、チョコレート三昧で、早々に限界を超えて客室乗務員に「水だけでall right」と繰り返していたら、「あなた楽ですね」と喜ばれました。

最近、世ではヨガが一人歩きしてわけがわからなくなってしまっているので、少し解説したいと思います。

ヨガはパタンジャリによるヨーガ・スートラが根本経典になっています。

ヨーガ・スートラの最初から2番目にヨガの定義が書かれています。

YOGAS CHITTA VRITTI NIRODHAH.(心の作用を滅却することがヨガである)

そうするとどうなるのかは3番目。

TADA DRASHTUH SVARUPE VASTHANAM.(そのとき、見る者は、本来の状態にとどまる)

見る者というのは、スピリチュアルの方々が仰る、本当の自分と同義でしょう。

ここから先は、瞑想や体操、日常の行動規範や心構えなど、ここに至る方法が多岐に解説されているわけです。

科学はその一部を取り出して検証して、学力の向上や美容、ダイエットの成功、病気の克服といった目的に役立てようとするわけです。こういう世俗的な欲求を滅却しなければならないとも思うのですが、ヨガは懐が深いのでよくわかりません。

心医術では、ありとあらゆる刺激が心に作用することがわかっているため(そのため本文中で雑念を止めることは無理だと表現しています。本当にヨガはすごいですね)、科学を力を借りて、出来る限り最小の努力で安定させることをコンセプトにしています。そのため実践していると、ヨガの上達に役に立っているように感じます。

ヨガもまた科学なので、心の作用を滅却しようと思わなくても、行法を実行すれば心の滅却に近づくように感じるのですが、ゴールを知っていたほうが上達が早いように思いましたので、書いてみました。

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厄落とし?

2013年12月02日

先週ケアンズに行ってまいりましたが、今回はケアンズに辿り着くまでが一苦労でした。

予定時間に出発したものの、忘れ物を取りに戻ったり、事故渋滞に巻き込まれ・・・

遅刻しそうなため、渋滞の中からジェットスターに電話したところ、

「間に合わなければ無理ですね」と予想通りのお返事。

けじめなので仕方ありません。

ナビの渋滞情報と時計とにらめっこしながらノロノロ運転の首都高を抜けると、わずかな希望も残っていました。

しばらくするとジェットスターから電話がかかってきました。

「ビジネスでしたので予約変更はできますよ」と。

前回の旅行では、娘と息子が飛行機のシートで横になったときに、やれ足が触れたのどうだので喧嘩して大騒ぎで周りの皆様にご迷惑をおかけしてしまったこともあり、今回はキャンペーン価格で申し込むことが出来たため、偶然にもビジネスで予約していました。

しかし、その変更金額17万円也。

「変更しますか?」と尋ねられましたが、そのとき富里IC付近で10分前くらい。

「間に合うかもしれないので取り合えず向かってみます」と答え、2分遅れで乗降場に到着。妻をカウンターに急がせ事情を説明することに。

しばらく待つこと、妻より「荷物と人が揃っていないのでだめだった」との電話。

戻ってくるよう伝え、覚悟は決めていたので、子供たちに「沼津に帰ろう」というと、「お友達に会いたいよー。ケアンズに行きたいよー」と娘、息子号泣。

車中で問答の末、翌日に変更しなければ収拾がつかない修羅場に。仕方がないので翌日に変更しようという結論になりました。

妻が手続きから戻ってくると、なんだか満足気。不憫に思ってくださったのか、2万円で変更できたとのことです。

ジェットスター、担当者様、ありがとうございました!そして、色々とご面倒をおかけしてしまいまして誠に申し訳ございませんでした。

空港近くのホテルで一晩過ごそうとも考えたのですが、チェックアウトの時間や子供の世話のことを考えて、東京の妻の実家に泊まらせていただくことに。

そして、楽しく宴会。

無理に流れに逆らおうとしななければ、なんとか丸く収まるものだなぁなどと考えながら、なんとなく厄落としのお祝いのような雰囲気でした。

おかげさまで、ゆっくり休ませていただき、次回からのケアンズ旅行は妻の実家に前泊してお世話になって、また宴会をすることに決めました!

トラブルは続き、翌日の高速でも分岐を間違えてしまいましたが、余裕を持って出発していたため、ハラハラしましたが、なんとか無事空港に到着。

今回は成田空港までがトラブルの連続で、本当に四苦八苦でした。今までこんなことはなかったのに、夫婦揃って大厄のためなのか色々起こるものですね。

次回はケアンズ滞在の様子を書こうと思います。

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芸術と医療

2013年10月20日

こころの働きが身体に影響を及ぼすことは、すでに気付いて意識が向くようになった方々にとっては疑う余地の無いものですが、こころの良い働きが身体に良い影響を与えることもまた疑う余地の無いことです。

アリストテレスも、美にはカタルシス(精神の浄化)の作用があると言っておりますが、美を見たときに自分の身体にどのような反応が起こるのかを注意深く観察していれば、過去の賢人の言葉を借りるまでも無く至極当然のことでもあります。そして、アリストテレスの記録からわかることは、理性の存在に気付いたギリシアの時代から、人類が引き継いできた素晴らしい認知システムともいえます。

こちらは、私が尊敬しています芸術家、Noaさんの絵です。

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最初見たときの第一印象をかなり頑張って言葉にしてみると、美しい調和というのが頭に浮かびます。それぞれが何かに見えるんですが、はっきり何っていう形ではないのです。でしゃばりな左脳が川だのバスタブだの張り切りますが、掴めないのです。それなのに、混沌ではなく、秩序があって、調和があって、美しく、魂が鎮まる感じがする。ゲシュタルトが崩壊した美しい世界。もうすごいです!!!

こころにスッと入ってきて、変な重ーい余韻はなし。モヤモヤが解消されます。

アボリジニの絵を見たときも似た印象を感じたけれども、また少し違う。こちらに展示されていますので、見る価値アリです。

http://hacobune.info/

そして、写真で持っている絵を購入させていただいたのですが、こうのとりが子供を運んでくるイメージを描いたそうです。子供の誕生を、卵管膨大部で受精して子宮に受精卵が着床して細胞分裂をしてなんて、生命の循環の一部分だけを切り取り物質化するくだらない科学的ビジョンよりも、この絵のビジョンのほうが生命をより正確に表現している、だからこころにスッと入ってくるのだと思います。

ランチを食べながら色々興味深い話も聞かせてくださいました。

印象に残ったのはNoaさんの神秘体験です。

以前にも紹介したことがありますが、神秘体験は河原道三氏のホームページで本当に詳しく解説されています。
http://www.lcv.ne.jp/~kohnoshg/site1/

この中で、上村松篁「私の履歴書」の状況がとても似ているように感じます。

Noaさんは細胞を見るのが好きで、顕微鏡で細胞に見入った翌朝、起きたときに突然手のひらに世界があって、自分が生まれてきた理由とか、全てのことがわかって、自然に涙が出てきたと話してくれました。

主客合一が起こったのでしょうね。

調子がよく絵を描いていたときには、世界に入り込んで、でも今はそれが出来なくなって自信がないと言っていました。

河原道三氏のホームページから「林武の二回目の体験」に同じような記述がされていますので引用させていただきます。

画業がうまくいかず、
  落ち込んで、
     いらいらとし続け、
自分の方向性が定まらず、
     考え込み、
     懊悩し、
尚且つ、
     それでも「やるぞ」、という姿勢を維持する内省的な精神構造

煮詰まると爆発するんでしょうね。ヨガと似ています。

Noaさん、次のインスピレーション期は必ず来ますよ~!!!

苦悩しながら神秘の世界を表現してくれる、偉大な芸術家の方々には、深い尊敬と感謝を感じます。

来月ケアンズに行くときには、アボリジニアートとケアンズの自然の美しさに浸ろう!と思います。

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慣れ

2013年07月18日

今年は厄年なので、ブログからも離れて日本でゆっくりしようと思っていたのだけれども、妻と子供がどうしても行きたいっていうもんだから、ジェットスターキャンペーンで年末に行くことに。

時間がたつと、慣れのためか、なぜか心は曇る。

このとき、アボリジニに思いを馳せる。

ずっとオーストラリアにとどまった彼らのこころは曇っていたのだろうか?と。

多分ノーだ。

ではなにが、心を曇らせるのだろうか?

食事?左脳?物質主義?教育?躾?自尊心?競争?

多分全部イエスだ。

多少心が曇っていてもケアンズのエネルギーは強いから、スピリチュアルに強烈な影響を与えてくれる。

眠っていたスピリチュアルを揺さぶる。

それでも慣れで心が曇ってくると、もうケアンズのエネルギーは届かない。

スピリチュアルはまた眠りにつく。

多くの方々が経験しているだろう。

ケアンズを訪れた初回が、フィルターを通さない最も新鮮な目で見ている。

心理学でわかることなんて、ケアンズのエネルギーの粒みたいなものだけど、心理学的な働きでいえば新鮮なものは珍しさという驚きと結びついたポジティブな感動を引き起こす。

ケアンズは五感を刺激して、心に働きかける。そして、その心の変化によって身体に良い影響を及ぼす。だから、慣れてしまって心が曇っていたらさすがのケアンズによっても何の効果もあらわれない。

これは言い過ぎで、無意識の領域ではそれでもきちんと良い働きをしてくれている。

でも、意識できなきゃ楽しくない。

慣れると曇った心で日本で買っても同じような買い物と飯を食うことしかしなくなる。高い航空料金を払っているのに!

ケアンズからの気を取り入れてケアンズ療法にするためには、赤ちゃんがはじめて何かを見た時のような強烈な印象をいつも思い出している必要がある。

ケアンズには素晴らしいポジティブなエネルギーに満ち溢れていることを!

久しぶりのケアンズ!家族の心にも届きますように!

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楽な冬の過ごし方と引き寄せの法則

2012年12月27日

今冬は黄帝内経に従い、立冬より、気持ちを消極的にして、あれこれやろうとせず、日か昇るまで布団の中にいるという方針にしていますが、とても楽です。

あっという間に立春まであと一ヶ月ちょっとです。

時間の流れが早いということは、右脳が優位になっている証拠でもあります。

無理にそうしようと思わなくても、身体が自然にそうなるので、自然に任せればよいのですが、こころのうち、やかまし屋の煩悩のようなものが、それじゃだめだと説教たれます。

現在の社会や文化は、立ち止まったり、何もしないことを極端に嫌がるのかもしれません。

玄に気づき、しないことをしているということがわかれば、実際には何もしていないわけではないのですが。

 

自然に身を任せることを覚えると、不思議と引き寄せの法則のようなものが起こります。

 

本年も、大勢の方のお力添えをいただきましたが、危機を迎えた不動産事業の空室0運動も達成。

 

お米を作りたいと思えば、小川が流れてきて、お米も無事に収穫できました。

しかし、ここから先が大変でした。道具がないので弥生時代の方法で手作業で脱穀。

一日がかり。

籾摺りはもうだめだとギブアップして、機械を持っているという職場の看護士さんに甘えました。

無農薬、無肥料のお米は美味。他にも畑でいろいろな野菜を収穫できました。

 

前世療法で見た景色も、自分の土地の中に見つけました。

いままで、崖地の竹藪(竹林ではなく藪)だったので気がつかなかったのですが、ハッと思い崖を上ってみると、すばらしい景色が広がっていました。

 

さらに数年前、近くの林の中の朝日の木漏れ日が美しい場所をみつけ、いつかここで、ゆっくりヨガでもやりながら過ごせたらいいなぁなどとイメージしていたところ、先日突然にその土地を買わないかという話になり、本日契約を済ませてきました。

 

今回は、引き寄せの法則を使えるようになるためのアドバイスを二つ。

 

引き寄せの法則は思ったことがその通りになるという点で、予測の能力とも解釈できます。

シュタイナー哲学に似たような考え方があります。

例えば、今お昼時なので、お昼ご飯を食べるとき。

大体の人は、何かを食べようと思いたち、レストランなどに歩いてゆき、何かを注文して、料理が出たら食べ始めます。未来が展開されてゆくわけです。

シュタイナー哲学は違います。

まず、自分が食べているところそのものを脳にありありと思い描きます。現在はそこに至る単なるプロセスです。つまり、未来は決定しているのです。

 

もうひとつヨガ。

ヨガでは、嘘をつかなくなると、思ったことが現実になると説かれています。これはかなり厳密で、子供を正しい方向に仕向けるためのお化けが出るよなんていう、方便の嘘もだめです。個人的な経験からですが、映画やドラマのようなフィクションからも身を遠ざけたほうがよいように感じています。真・善・美のうち、とにかく真。馬鹿正直なんて非難する方もいらっしゃいますが、真を追求する哲学者には心地よい方針です。引き寄せの法則は哲学のおまけなのかなぁなどと思ったりもします。

 

さて、来年は私は本厄。色々なことが成就し難く、本年までの成果を収蔵する年にするのが良いように感じていますので、来年の抱負は、ストレスになることは

「何もしない」

です。

本厄の悪い気が移ってしまうと申し訳ないので、ブログからも離れまして、来年一年は心静かに過ごそうかと思います。

どうか、皆様良いお年を!

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ビヨンド心医術:科学の冷酷さ

2012年10月17日

ケアンズでは、科学論文なんぞを知らなくても、より自然と子供はスクスク、ノビノビ育つのでしょうね。

周りの男の子に負けじと、真剣に綱渡りを練習する息子、

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喜んで裸足になって、せっせと木登りをする娘と、それを受け止めてくれる滑らかでやさしい木肌にふれると、そう思います。

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科学というのは本当にすごい。すごいからこそ、厳しい現実を容赦なく映し出します。

こと、物質である肉体に関して言えば、その因果関係、前後関係を相当な確率で言い当てます。

もう少し簡単に言えば、これこれをしたらこういう病気、結果になるよ、ということを言い当てます。

だから、科学論文をたくさん知り、それを実行することができれば、それだけ楽に成長できるし、病気にもなりにくく済みます。

 

科学のうち医学や心理学はすでに子育てにも縄張りを広げています。

ここでもやはり、科学が映し出す現実は冷酷。

目を背けたくもなるし、知らない者の、良かれと思う心や行為を徹底的に否定して打ちのめすほど、科学は強く、現実は厳しい。

そして、常識であれば言いにくいことを、真実の名の下に、平気でほざく。

たとえば、この論文。

 

Science. 2009 Feb 13;323(5916):951-3.

Differences in early gesture explain SES disparities in child vocabulary size at school entry.

Rowe ML, Goldin-Meadow S.

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed?term=323%20951-3

 

サイエンスに掲載されましたから、幸運にもこの結果に触れた多くの研究者は、自分の子供に実践することでしょう。

高学歴、高収入の親ほど、子供との身振りによるコミュニケーションを多くとる傾向があり、それが幼児の言葉の発達と学歴の向上に寄与するという結果を示しています。(興味がありましたらアブストラクトだけでも読んでみてください)

だから、一見、高学歴、高収入の親の子供が、高学歴になるように見えますが、そんなものではないのです。

日本では、良い学校に入るための塾にいくための経済的な格差が学歴の格差を生むなんていうけれども、そんなのではないんです。

子供に対する、日常の接し方、コミュニケーションのとり方、愛情表現、食事の内容、身体の動かし方、文化的な習慣など、知ってか、知らず知らずのうちに行っているかどうかは関係なく、お金を持っているかどうかでもなく、もっと根本のところから違うのです。

本日は朝から、息子とおかあさんといっしょを見ながら、一緒にリンリンダンスとふくろうさんを。

息子とゼスチャーを合わせながら父子で大喜び。

こういうのを実際に体験すると、この論文はやはり真実なのだと感じます。

そして、この論文を知らなければ、一緒に踊ってみようとは思うきっかけが無かったわけです。

 

言葉が発達していないと、現在の日本の社会では、良い学校に入学できないから、教育の機会にも恵まれません。

この論文からわかることは、親の学歴や収入よりも、子供に対する接し方の大切さです。

 

親の背を見て子は育つというけれども、科学はこれが事実であることを証明しているし、最近は、妊娠前や妊娠中の両親(母親だけではなく父親も含まれる)の不摂生が、生まれてくる子供の一生に影響することまでわかっています。

科学は、子供の健やかな成長を願うならば、親は聖者にならなければならないといっているかのようです。

しかし、それならば、親も子供とともに勉強して、成長して、修行して、修養して、そうなればいいじゃないかとも思います。

ある意味でエリート思想だから、問題なのは、自尊心なのか、煩悩なのか、よくわからない変なものが、自分には当てはまらないよなどと囁いて、科学様や、より高い知識性、人間性、精神性を持った人からの言葉を上から目線などといって、現実に楯突こうとする蟲が親の体内にもいます。

精神の力が増してくると、例外的に、この因果の法則を少しづつ外れることができるけれども、この変な蟲を抑えて、科学の結果というか、現実の因果に素直に従うことくらいができるくらいの精神の力が無いと、人間Ver1.xや2.x程度では(もちろん私もですが)、それより高い法則に乗ることは無理だと思います。

科学はモノの力を映すから本当に冷酷。そして、知った者勝ち。知るだけではだめですね。ちゃんとそれを実行しないと。個人的には、たったそれだけのくだらんもので優劣が決まってしまう社会や文化、いちいち優劣が存在するような変なのは、壊れてしまえばよいとも思いますが。

ケアンズで科学のことを考えると、科学にももう少し血が通ってくれるといいのになぁと思ったりまします。

ケアンズ効果ですかね?

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プロフィール

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三井 康利。 1972年静岡県生まれ。 1997年北里大学医学部卒。 内科医。 現代西洋医学と補完代替医療、思想・哲学の良い点を取り入れ、ホリスティック(全人間的)な視点から医療を考察・提案。 臨床医として日常診療に役立てている。 資格:日本内科学会認定医、日本補完代替医療学会学識医、日本温泉気候物理医学会温泉療法医、日本旅行医学会認定医、日本消化器病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医。
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